海外ミステリー映画史 PART6    1960年代(その2)

*1998年「カルト映画館 ミステリー&サスペンス」(社会思想社)のために執筆したものを加筆修正。(映像リンクで実際の作品、予告編が観れます)

ハードボイルド映画の復活

 さて、ハードボイルド・ミステリーが復調してきたのが、1960年代後半のハリウッドだった。
 ハード・ボイルド作家ロス・マクドナルドが生んだ私立探偵リュウ・アーチャー・シリーズの映画化である『動く標的』(1966年・米・ジャック・スマイト監督)は1960年代ハードボイルド映画の嚆矢とされている。ポール・ニューマンがうだつの上がらない探偵リュウ・ハーパー(映画ではこう呼んでいた)を独特のムードを湛えていた。
 『マルタの鷹』のハンフリー・ボガートのような典型的なハードボイルド探偵の復活がこの映画では成功している。失踪した大富豪の夫の捜索を依頼する有閑マダムにボガート夫人だったローレン・バコール。ハーパーと離婚したがっている妻にジャネット・リー。それに往年の大女優にシェリー・ウインタースなど、往年のハードボイルド映画を思わせるキャスティングにロサンゼルスの乾いたロケーションが、ハードボイルド特有のムードを形成していた。

動く標的(1966年)予告 

 ヘンリー・マンシーニの音楽が大ヒットした、テレビの人気番組「ピーター・ガン」をブレーク・エドワーズ監督、主演クレイブ・スティーブンスといったオリジナル・スタッフで映画化した『銃口』(1967年・米)も、テレビよりもハードボイルド度がアップして往年のファンも大満足の内容。

銃口(1967年)クリップ 

 アンジー・ディキンソンとリー・マービンという通好みのキャスティングのアメリカ式フィルムノワールの傑作『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(1967年・ジョン・ブアマン監督)も、ハードボイルド度が高かった。リー・マービンの男臭さが魅力的なギャング映画でクライマックスの虐殺場面が見物だった。

殺しの分け前/ポイント・ブランク(1967)予告

ハードボイルド・ミステリーの復調

 1960年代ハードボイルドで意外な活躍を見せたのがフランク・シナトラ。私立探偵トニー・ロームを楽しげに演じた『トニー・ローム 殺しの追跡』(1967年・米・ゴードン・ダグラス監督)では、ナンシー・シナトラの唄う主題歌にのせて、ヨット上にスキューバ・ダイビングのスタイルで、トニー・ロームが登場する。シナトラのお遊び感覚あふれる演技とは裏腹に、プロットはかなりのハードボイルド仕立てだった。
 シナトラはこのトニー・ロームがお気に入りで、翌年『セメントの女』(1968年・米・ゴードン・ダグラス監督)でもトニー・ロームを演じている。ヨットで暮らすトニーが友人と二人でマイアミ沖に沈んだ船の財宝を探しにゆくと、海底で足をセメントで固められている全裸女性の死体を発見する。様々な陰謀が渦巻く事件に、トニー・ロームは巻き込まれてゆく。
ゴードン・ダグラス監督とシナトラは、『刑事』(1968年・米)でもコンビを組んでいる。原作はロデリック・ソープの同名小説で、当時の大ベストセラーだった。もともとハリウッドの名物プロデューサー、ロバート・エヴァンスがアラン・ドロン主演で製作する予定だったという。こちらのシナトラはトニー・ロームのプレイ・ボーイぶりから一転して、ハードで非常な刑事ぶりを見せている。

トニー・ローム 殺しの追跡(1967)予告

セメントの女(1968)予告

刑事(1968年)予告 

 フランスでは、007ブームの最中、活動写真本来の面白さに立ち返った冒険活劇が復活 している。ジャン=ポール・ベルモンド主演の冒険アクション『リオの男』(1963年・仏・フィリップ・ド・ブロカ監督)もその一本。パリの博物館から南米の小さな石像が盗まれ、発見者の娘(フランソワーズ・ドレアック)が誘拐される。休暇中の兵士(ジャン=ポール・ベルモンド)は、彼女を追ってパリ〜リオ・デ・ジャネイロ〜ブラリジアから、アマゾンの密林まで、冒険に次ぐ冒険を繰り広げる。サイレント時代の連続活劇やコメディのように、あらゆる手を使ってのアクションは映画の面白さそのもの。同じ、スタッフ、キャストによる姉妹編『カトマンズの男』(1965年・仏・フィリップ・ド・ブロカ監督)も製作され、ジャン=ポール・ベルモンドの体を張ったアクションは、前作よりスラップスティック度が増している。

リオの男(1963年)予告

カトマンズの男(1965年)予告

 フランスが生んだ連続活劇のヒーローといえば怪盗ファントマ。50年ぶりにカラーでよみがえったファントマに名優ジャン・マレーを迎えた『ファントマ危機脱出』(1964年・仏・アンドレ・ユヌヴェル監督)は、007の向こうを張って現代を舞台にリニューアル。
 喜劇俳優ルイ・ド・フュネスがジューヴ警部を珍妙に演じてコメディ・リリーフとなっている。続いて『ファントマ電光石火』(1965年・仏・アンドレ・ユヌヴェル監督)、『ファントマ・ミサイル作戦』(1967年・仏・アンドレ・ユヌヴェル監督)と作られている。

ファントマ危機脱出(1964年)予告

ファントマ電光石火(1965年)予告

 ファントマ・ミサイル作戦(1967年)予告 

 『OSSと呼ばれる男』(1956年)を初作に、『0・S・S・177』(1964年・伊=仏・アンドレ・ユヌヴェル監督)から本格的に始まる、OSS177シリーズは、フランス版007ともいうべきスパイ活劇で、『バンコ・バンコ作戦』(1964 年・仏・アンドレ・ユヌヴェル監督)まではカーウィン・マシュウズが177に扮し、第三作『リオの嵐』(1965年・仏・アンドレ・ユヌヴェル監督)からは新人フレドリック・スタフォードがフランス情報局のスーパー・スパイを好演。第四作『東京の切り札』(1966年)では日本ロケ、吉村実子が出演している。

佐藤利明のTICKLE ME 

 https://toshiakis.at.webry.info/200812/article_3.html

OSSと呼ばれる男(1956年)本編

O.S.S.117(1963年)予告

 バンコ・バンコ作戦(1964年)予告

リオの嵐(1965年)予告

 OSS117/東京の切り札(1966年・未公開)クリップ

OSS117/殺人売ります(1968年・未公開)クリップ

OSS 117 prend des vacances(1969年・未公開)予告

 さて、ハリウッドではミュージカル畑出身のスタンリー・ドーネン監督がヒッチコック風の「巻き込まれ型サスペンス」に挑戦した『シャレード』(1963年・米)や『アラベスク』(1966年・米)は、サスペンス・コメディに新境地を開拓して成功している。
 前者はオードリー・ヘップバーンとケイリー・グラント、後者がソフィア・ローレンとグレゴリー・ペックというスターの共演が見物だった。 

 ジュールス・ダッシン監督が夫人のメリナ・メルクーリをフィーチャーした『トプカピ』(1964年・米)も、メリナ・メルクーリの女泥棒が活躍するサスペンス・コメディの快作だった。
 女泥棒といえば、オードリー・ヘップバーン主演のロマンチック・サスペンス『おしゃれ泥棒』(1966年・米・ウイリアム・ワイラー監督)も、名匠ウイリアム・ワイラーのウイットに富んだ演出でエバーグリーンとなった。 

シャレード(1963年)予告

アラベスク(1966年)予告

 トプカピ(1964年)予告

 おしゃれ泥棒(1966年)予告

 1960年代には、往年の大女優がその老醜を曝け出すサスペンス映画がちょっとした流行になっていた。ロバート・アルドリッチ監督がベティ・デイビスとジョーン・クロフォードの老姉妹の確執を粘っこいタッチで描いた『何がジェーンに起こったか?』(1962年・米)に始まり、デイビスとオリビア・デ・ハビランドの共演による『ふるえて眠れ』(1965年・米・ロバート・アルドリッチ監督)など、別な意味での恐怖映画だった。
 デイビスはほかにも『妖婆の家』(1966年・英・セス・フォルト監督)でも、不気味なメークで老婆に扮している。

何がジェーンに起こったか?(1962年)予告

ふるえて眠れ(1965年)予告 

妖婆の家(1966年)予告

 イタリアの犯罪映画がブレイクしたのが1960年代。美女ロッサナ・ポデスタ率いる泥棒軍団が、意外な作戦で金塊をモノにするという痛快無比の『黄金の七人』(1965年・伊・マルコ・ヴィカリオ監督)、『続・黄金の七人 レインボー作戦』(1966年・伊・マルコ・ヴィカリオ監督)が大好評だったため、ロッサナ・ポデスタが抜けた『新・黄金の七人 7×7』(1968年・伊・マルコ・ヴィカリオ監督)まで公開されるが、一作目の面白さには及ばなかったようだ。サービス満点のイタリア・アクションとしては『女王陛下の大作戦』(1967・伊・ミケーレ・ルーポ監督)も楽しめる一篇だった。
 マカロニ・ウエスタンの撮影現場から始まるファースト・シーン。ロンドンのダイヤモンド会社の大金庫を襲撃する奇想天外な作戦に至るまで、時には映画が破綻しそうなほど様々な映画的な手が凝らされ、それが作品の魅力となっていた。

黄金の七人(1965年)本編

 続・黄金の七人 レインボー作戦(1966年)予告

新・黄金の七人 7×7(1968年)本編 

 フィルムノワールでは、アラン・ドロンとジャン・ギャバンの新旧二大スター共演の『地下室のメロディー』(1963年・仏・アンリ・ヴェルヌイユ監督)がある。五年の刑期を終えて出所してきた老盗シャルル(ジャン・ギャバン)が、カンヌのカジノから現金強奪を計画する。若者フランシス(アラン・ドロン)とともに、綿密な計画の下、強奪に成功するが、意外なところから犯行がバレてしまう。ヴェルヌイユ監督は二大スターそれぞれの見せ場を用意しながら、哀愁を帯びたドラマ作りに成功している。

地下室のメロディー(1963年)予告

 アラン・ドロンの『サムライ』(1967年・ジャン=ピエール・メルヴィル監督)は、日本の武士道、葉隠流を信望するフランスの殺し屋の物語。オープニング、一匹狼のジェフ(アラン・ドロン)が身仕度を整えるシークエンスに、フランス流の<サムライ心>があふれており、H・ドカエのキャメラは流麗に、孤独な殺し屋のストイシズムを映し出す。1960年代のフィルムノワールの傑作の一本。

サムライ(1967)予告

 アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンの男の友情を描いた『さらば友よ』(1968年・仏・ジャン・エルマン監督)も、フランス映画ならではのフィルムノワール。外人部隊から帰ってきたアラン・ドロンと、アメリカ人軍曹が、公告代理店の金庫に忍び入る。しかし金庫にあるはずの大金はそこになく、二人は金庫室に閉じこめられてしまう。密室での緊迫したサスペンスの中に、いつしか二人の友情に結ばれていく過程が作品の魅力となり、ラスト警察へ連行されるブロンソンがくわえた煙草に、ドロンが無言で火をつけるシーンは、忘れがたい名場面となった。

さらば友よ(1968年)予告

多才なジャンルで構成される1960年代

 1960年代は、スパイ、コミック・アクション、ハードボイルド、フィルム・ノワールとミステリー映画のジャンルも多彩になってきた。
なかでもアカデミー作品賞に輝き、人種差別の問題も含めて1960年代を代表する作品のひとつとなったのが『夜の大捜査線』(1967年・米・ノーマン・ジュイスン監督)だ。
 原作はジョン・ボールの「夜の熱気の中で」。アメリカ南部ミシシッピーの田舎町で殺人事件が起こる。駅で列車を待っていた黒人が警察に連行されるが、この男はヴァージル・ティップス(シドニー・ポワチエ)というフィラデルフィアでも有名な名刑事だった。
 捜査に協力することになったティップスは、偏見と傲慢に満ちた署長(ロッド・スタイガー)と共同捜査をする。黒人への偏見が強い南部でティップスが、冷たくあしらわれる中で丹念に聞き込み捜査を続け、署長といがみあいながらも事件を解決していく。
 オスカーに輝いたクインシー・ジョーンズが、暑苦しいミシシッピーの夏の夜の熱気を表現して、文字通りのベスト・スコアとなった。ティップス刑事は70年代に入って『続・夜の大捜査線』(1970年・米・ゴードン・ダグラス監督)、『夜の大捜査線』(1972年・米・ドン・メドフォード監督)と第三作までリリースされ、シドニー・ポワチエの当たり役となったが、第一作を超えることはなかった。

夜の大捜査線(1967年)予告

続・夜の大捜査線(1970年)予告 

夜の大捜査線 霧のストレンジャー(1972年)予告

 異色の刑事物が多く作られた60年代後半、ドナルド(ドン)・シーゲル監督の『刑事マディガン』(1967年・米)は、リチャード・ウイドマークの渋い演技と適度なハードボイルド・タッチが作品に弾みをつけて佳作となった。

刑事マディガン(1967年)予告 

 スターが好んで刑事物に主演したのも、この頃の傾向で、アクション・スターでは人気ナンバーワンだったスティーブ・マックイーンの『ブリッド』(1968年・米・ピーター・イエーツ監督)はそうした作品の代表作だろう。
坂の町サンフランシスコを舞台に、政治家ロバート・ボーンがマフィア撲滅のための公聴会の重要な証人としてギャングのジョニーをかくまう。ブリッド(スティーブ・マックイーン)はその身辺警護にあたるが、ジョニーは組織の殺し屋に射殺されてしまう。
 が、本物のジョニーは生きていて海外脱出をもくろんでいることが判明。ブリッドは空港へかけつけて、ジョニーを射殺する。サンフランシスコを縦横に繰り広げられるカーチェイス。バイオレンス・シーンの衝撃度も含めて刑事アクションの傑作となった。

ブリッド(1968年)予告 

 ドン・シーゲルがニューヨークを舞台に、マカロニ・ウエスタンで人気を博していたクリント・イーストウッドがアリゾナの保安官補に扮した『マンハッタン無宿』(1968年・米)は、現代版西部劇として胸のすくアクション編。アリゾナからニューヨークへ凶悪犯の身柄を受け取りにきたイーストウッドが、マンハッタンの警察官たちにバカにされながらも、逃走した凶悪犯を再逮捕するまでを、ハードボイルド・タッチで描いている。

マンハッタン無宿(1968年)予告





よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。