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0ゲートからの使者「39」

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0ゲート


「玲衣がどうやら記憶を取り戻してきているようよ」

玲衣の無意識である夢の世界を担当しているヤンがそう告げると、スーサが静かにうなずいた。

 「いよいよ、でしょうか」

「いよいよね」

テラスとスーサはお互いを見つめたままうなずきあった。

 

その夜、夢かうつつかわからない状態で玲衣はベッドに横になっていた。
何者かの気配がベッドサイドにやって来たのを感じた。暗闇の中で目をこらすと、それはインとヤンだった。
 
「ん……? イン? ヤン?」

「玲衣……」

「あれぇ、どうしたの?」
 
半身を起こした玲衣に、インは無言で頭をこつんとぶつけてきた。
ヤンはひらりとベッドの上に飛び乗り告げた。

「玲衣、いよいよ0ゲートが開くわ。これが最後のチャンスよ」

「0ゲート? チャンス? どういうこと?」
玲衣は瞼をこすりながらあくびをした。


インは玲衣の手首をそっと咥えて引っ張り、ベッドから降りるよう促した。
 
「玲衣。クリスタルの守護者よ。汝の力を我らに貸したまえ」
 
玲衣の前に端正なスフィンクスのように座ったヤンが神妙な声で語りかけた。
いつもとは違うヤンの様子に玲衣も思わず居ずまいを正した。
 
「れい、ぼくたちといっしょにきてほしい」

「どこへ? 一体どうしたの?」

「みらいのちきゅうにきみがひつようなんだ」

玲衣はベッドから立ち上がると、
「未来の、地球?」と素っ頓狂な声を上げた。
 
「説明している時間はなさそう」

どこからともなく古時計が12時を告げる音が聞こえてきた。

「もうくるよ……、ほらきてる」


インが顔を向けた先には玲衣の本棚や写真が飾られた壁があった。
壁のまわりにうっすらと霧のようなものが漂いだした。
霧は煙のようにそよぎだした。
 
「玲衣、何も聞かないでとにかく私たちと来て頂戴」

「ぼくのあとをぜったいにはぐれないでついてきて」


 
白い煙がぐるぐると渦巻を描きだした。
渦巻はだんだん大きくなって銀色の楕円になっていった。
ボーン、ボーンと不気味な音が低く部屋に響いていた。
玲衣はあっけにとられてその様子を見ていた。
 
何事かわからないけれど何か大切なことがこれから始まろうとしている……。


壁にまたしても大きな0が浮かび上がった。
0の中に0が続く無限のトンネルが現れた。
パラレルワールドがその向こうに待ち受ける、0ゲートが開いたのだ。
 

この前と同じように、ヤンがまず飛び込んだ。インもすかさず後を追った。玲衣も今回は意を決し、彼らの後を追おうと0の両脇に手をかけ最初の0をまたいだ。

ぐにゃり、とダリの絵画のように歪んだ時計の文字盤にある数字たちが空中に散らばり、溶けて光となって流れ落ち、玲衣の体に降り注がれた。
 
一歩0ゲートの中に入ると足が地面から数センチ浮いているような感覚で、軽やかに走れた。
スピードはだんだん加速され、もはや走っているというよりは強力な力で吸い込まれていっているようだった。
玲衣はインとヤンの後をはぐれまいと必死についていった。少し先に二人の後ろ姿があった。
 
息ができないほどの速さで0の輪が次から次へと玲衣に向かって飛んで来る。
 
「ああー! イーン! ヤーーーーン!」
 
玲衣は思わず叫び、目を固く閉じ、0が轟音を立てて過ぎゆくのに身を任せるしか術がなかった。


 
気がつくと無音になっていた。
玲衣の体は空中を浮遊していた。おそるおそる目をあけるとそこは宇宙空間だった。

暗闇の中にインとヤンの姿を探した。
いつかの夢のように、コントロール不能のまま右に左に上に下にくるくると体が動き、しまいには上下左右の感覚が全くなくなってしまった。
不思議と恐怖はなかった。
 
「これは夢よ。私は夢を見ているのよ」
 
無重力に慣れて来るとあたりを観察する余裕が生まれた。
漆黒の世界なのに点在する惑星は光り、遠くに神秘的な色合いの星雲も見えた。水の中に絵の具を落としてできた薄い膜のように漂うガスの間を玲衣も漂っていた。
先ほどのダリの時計から流れ落ちた数字たちもそこかしこに浮遊していた。
 
「インとヤンはどこ?」
 
ゆっくりと浮遊しながら目だけ泳がせていた。
すると、遠くから、「レーイ! レーイ!」と玲衣を呼ぶ声が聞こえた。
正しく言うと、頭の中に響いてきた。

玲衣は無我夢中で水中を泳ぐように手足を動かした。
声の方へとくるりくるりと回転しながら移動していった。玲衣の後を追うように浮遊している数字たちも流れて行った。
しばらくすると、金色の輝きを放つ光が見えてきた。
玲衣の体は再び何かに吸い寄せられ、後はその引力にまかせてばんざいをしながら黄金の光の渦にどんどん吸い込まれていった。
 
 


どのくらい時間がたったのだろうか。永遠のようでもあり、数分だったようでもある。
ひょっとしたら一瞬だったのかもしれない。

玲衣は砂丘のような場所に立っていた。
ふと足元に目をやると、見たこともない透明でガラスのような素材のサンダルを素足で履いていた。
長く白い不思議な光沢の衣装をまとっていた。胸のあたりに手をやると、何かが触れた。
見ると大きな円錐のクリスタルのペンダントだ。
次に頭に手をやると、輪っかのようなものをつけていた。玲衣は自分では目にすることがなかったが、それは透明のクリスタルでできたティアラだった。
そして、瞳はトパーズの淡褐色だった。

一瞬視界に入って来た自分の髪が白髪になったかとぎょっとして、慌てて指でつまんで目の前で確認した。肩まであるその髪は純白だった。
手足が真っ白で白雪姫みたいと目の前に手をかざして眺めていた。
 


濃い霧でかすんでいた丘の向こうに誰かの気配を感じた。
 
「イン? ヤン?」
 
玲衣は呼び掛けてみた。
 
「レイ!」
 
影は玲衣の名を読んだ。
玲衣はおぼつかない足取りで夢中で声の方へと近づいていった。

徐々に霧が晴れていった。
空全体が透明な半円形のシールドで覆われている。そして真夏のように暑かった。
 


そこにいたのはインとヤンではなく、テラスとスーサだった。
 
「どこに行ってたのレイ? 探していたのよ、みんな待っているわ」
テラスが少し緊張した面持ちで声をかけてきた。
 
玲衣は何か違和感を覚えたがそのまま二人についていった。
 
「スーサ、間に合うかしら?」
心配そうにテラスが尋ねると、スーサは無言でブレスレットの蓋を開けて指を動かし、中をじっと見ていた。
あの、いつものムーンストーンがちりばめられているものだったが、やはり何かが少し違う感じがした。
「大丈夫、でも急ぎましょう。」
 
やがて大きな宮殿のような建物が見えてきた。
建物は白亜のドームで、入り口までは広く長い白い階段が続いていた。

おしゃべりなはずのテラスが一言も発せず、いつもおだやかで優しいスーサも玲衣を振り返りもせず、どこかぴりぴりとした雰囲気の二人だった。

玲衣は長いローブをときおりガラスのサンダルで踏みつけそうになりながら階段を上り、もがくように二人の後をついていった。
 
 
 
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