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【英国判例紹介】ADT v UK ー21世紀まで男性同士の行為が犯罪だった国ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、ADT v United Kingdom事件(*1)です。

人権法に関する判例であり、私生活の自由に関して判断が下された有名な事件です。

読んで頂けると分かると思うのですが、21世紀のイギリスにまだこんな法律があったの?と多くの人が驚かれると思います。

予めお伝えしておくと、今回の話には、事件の性質上セクシュアルな内容が含まれます。もちろんこのnoteが不特定多数の方に閲覧され得るものである以上、細心の注意を払いますが、その点だけご了承ください。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。


前提知識:欧州人権条約とイギリスの人権制度について

欧州人権条約とは?

イギリスは、欧州人権条約(European Convention on Human Rights)の加盟国です。この条約は、世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)を受けて、欧州における人権を確保する手段の一つとして締結されたものです。

国際法・国内法の一元論と二元論

条約や国際慣習法といった国際法について、そのまま国内法としても効力を持つのか(一元論)、国内法として効力を持つためには別途の手続が要るのか(二元論)、実は国によって考え方が異なります。

法学部の方であれば、憲法や国際公法の授業で勉強されたことがあるかもしれません。もう詳細は忘れてしまって日本のことは語れませんが、、。

イギリスは、条約に関しては、二元論のアプローチを採用しています(*2)。

イギリスの人権保障制度の不備

イギリスは1951年に欧州人権条約に加盟したものの、これを国内法として機能させるために十分な措置をとらない状況が続きました。

そのため、二元論を採用するイギリスでは、同条約に規定されている人権の侵害があっても、国内の裁判所に救済を求めることができませんでした。

救済手段としては、欧州人権条約がストラスブールに設置した欧州人権裁判所(ECtHR)に訴えを提起することですが、それには提訴まで5年、平均3万ポンドと要すると言われていました(*3)。

Human Rights Act 1998

このような状況を受けて、1998年、Human Rights Act 1998(HRA 1998)が定立されました。これは、欧州人権条約を国内法に組み入れることを目的としたものです。

HRA 1998は、イギリスの人権法の親玉というべき存在で、他の法律(Act)には無いユニークな特徴を有しています。リベラルな学者の中には、HRA 1998は英国憲法の一部を構成していると主張する人もいるようです。

また、機会があればHRA 1998の詳しい紹介もしたいと思っています!

欧州人権条約とHRA 1998は、Brexitとは無関係

紛らわしいのですが、欧州人権条約は、EU条約とは別物です
イギリスは、EU条約から脱退した後も、欧州人権条約には加盟し続けており、Brexitの諸問題からは無縁ですので、ご注意ください。

では、本題に移ろうと思います。

事案の概要

1996年4月2日、ある男性Aが、Sexual Offence Act 1956, s. 13(本件法令)に定める次の罪を犯したとして逮捕されます(太字はぼく)。

Section 13 Indecency between men
It is an offence for a man to commit an act of gross indecency with another man, whether in public or private, or to be a party to the commission by a man of an act of gross indecency with another man, or to procure the commission by a man of an act of gross indecency with another man.

太字の部分を和訳すると、「男が他の男と重大なわいせつ行為をすることは犯罪である」となります。

Aは自宅で、4人の成人男性と性的な行為(本件行為)をしていました。Aは逮捕の前日に家宅捜索を受け、本件行為の様子を撮影したビデオテープを押収されて、これが証拠となって逮捕されたのです。

本件行為は、全ての男性の同意のもとに行われており、身体的加害の要素も見当たりませんでした。また、Aは、撮影したビデオテープについても、公にするつもりはありませんでした。

1996年11月20日、Aは、上記の罪で有罪判決を受けました。

そこで、Aは、この有罪判決が、欧州人権条約第8条が定める私生活の自由など(*4)を侵害したとして、英国国内の所定の手続を経たのちに、欧州人権裁判所に訴えを提起しました。

ちょっとだけ補足

この事件は、HRA 1998が施行される2000年10月2日以前のものです。したがって、この事件は、英国の国内裁判所ではなく、欧州人権裁判所の事件です。厳密な意味での英国判例ではないかもしれませんが、ご容赦ください。

争点:本件法令及び有罪判決は、私生活の自由を侵害したか

争点は上に書いてある通りなのですが、若干の補足を加えます。

Sexual Offence Act 1967による適用の限定

実は、Aに対する有罪判決の根拠となった本件法令は、後に定立されたSexual Offence Act 1967のs. 1により、その適用場面に限定が加えられていました。要約すると次のとおりです。

・ 私的な同性愛行為は、当事者の同意があり、18歳に達していれば、犯罪とはならない。
・ 2人を超える者が参加し又は立ち会う場合、同性愛行為は私的なものと取り扱われない。

つまり、Aは、2人を超える者が参加して、本件行為を行ったがために、私的な行為とは取り扱われずに、有罪判決を受けたことになります。

裁判所の判断

Aの訴えは認められました。
裁判所は、本件法令及び有罪判決がAの私生活の自由を侵害したことを認定し、イギリス政府に対して、Aが刑事訴訟のために要した費用等に当たる10,929.05ポンド、及び、慰謝料等10,000ポンド等の支払を命じました。

裁判所は、本件行為は純粋に私的なものであり、本件法令と有罪判決は、正当化されないと判断しています。

考察

イギリスの法律、ヤバくない、、?

まず、本件法令が、人権意識の高まりを受けて制定された欧州人権条約への加盟後に定立された法律であることに着目すべきです。立法府のメンバーの少なくとも過半数が「男が他の男と重大なわいせつ行為をすることは犯罪である」という法律にGOサインを出したわけですよね、、。

Sexual Offence Act 1967によって、犯罪の範囲は限定されることになりますが、それでも、男性が3人以上集まって性的な行為を行ったら、それがプラベートな空間で同意の上で行われたとしても、犯罪になるわけです。ちょっとクレイジーすぎる気がします。

更なる驚きは、これが21世紀の事件だということです。日本の人権擁護の仕組みは欧米に比べて後進的だとしばしば揶揄されますが、イギリスはイギリスで。つい最近までハチャメチャだったんだなと感じます。

平等権の問題

裁判所も述べているとおり、イギリスでは、同意ある成人女性間又は異性間における性的行為を規制する本件法令と同様の法律は見当たりません(*6)。

Aは、このような状況で男性同士の性的行為のみが規制されることは平等権に反するという主張も行っていました。しかし、裁判所は、私生活の自由への侵害が認められる以上、平等権について検討する必要はないとして、議論を避けました。

この件では、本件行為が明らかに私的な営みであったため、私生活の自由への侵害が問題なく認められましたが、もしそうじゃない事例であれば、平等権の問題についても判断されていたかもしれません。

本件法令のその後

2004年、Sexual Offence Act 2003によって、本件法令は削除されました。これにより、男性同士の性的行為であるが故に処罰される可能性のあった法律は、イギリスから姿を消すことになりました。

今回の判例が、本件法令の廃止にどの程度影響したのかは調査できていませんが、きっと廃止の要因の一つになったはずです。前述のとおり、欧州人権裁判所に対する訴えを行うには、長い年月と高額な費用がかかります。

そんな中、自らの権利のために戦ったAさんに敬意を表したいです。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【注釈】
*1 Adt v United Kingdom (2001) 31 EHRR 33
*2 反対に、国際慣習法(例えば海事法)については、一元論的アプローチを採用しています。
*3 Rights Brought Home: The Human Rights Bill. リンクはこちら
*4 Aは、私生活の自由のほかに、平等権(14条)も侵害されたと主張しています。当時から、異性間・女性間の同様の行為は犯罪ではなかったためです。
*5 刑法174条
*6 (n 1) Paras 18-19


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このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


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