【英国判例紹介】Tulk v Moxhay ー土地承継人に対するコベナントの執行ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、Tulk v Moxhay事件(*1)です。
19世紀半ばに出された英国の土地法に関する古典の判例であり、土地承継人に対するフリーホールド・コベナントの負担の承継という、実務でも頻繁に出くわす問題について、今日にわたるまで、非常に重要な規範を提供するものです。ぼくが英国の弁護士試験(SQE)の勉強をしているときは、本当に親の顔ほど、この規範を見ました。
本日は、ぼくの知識の再確認もかねて、この判例について見ていきたいと思います。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
事案の概要
1808年、レスター・スクエアにある土地及び建物の所有権者であった原告は、ある者にこれらの一部を譲り渡します。その譲渡証書では、次のような約定ーフリーホールド・コベナントーがなされていました。
当該土地は、いくつかの者を経て、被告の手に渡ります。被告が当該土地を取得には、譲渡人との間で上記のようなフリーホールド・コベナントは交わさなかったものの、被告は上記の原告を被誓約者とするフリーホールド・コベナントの内容を承知で購入したことを認めます。
その後、被告は、広場の庭に新たに建物を建築しようとしたため、広場にある数軒の家屋について依然として所有者であった原告は、被告による建物建築の差止訴訟を提起します。
争点:土地の承継取得者に対するフリーホールド・コベナントの執行の可否
フリーホールド・コベナントとは?
フリーホールド(freehold)とは、自由権保有とも呼ばれる、日本の物権法で言う土地の所有権です。
そして、フリーホールド・コベナントとは、ある自由権保有者が、他の自由権保有者から引き出す誓約のことであり、誓約者が、被誓約者の自由権保有地に対して、何かをすること又は何かをしないことを約束するものです。
本件で言えば、広場の庭に変更を加えないことは、フリーホールド・コベナントの一つとなっていると言えます。
承継取得者に対する執行
日本法の学習者からしても、被誓約者が、フリーホールド・コベナントに違反した誓約者に対して、是正を求めることは、理解しやすいと思います。
もっとも、本件では、被告は、フリーホールド・コベナントの誓約者ではありません。被告は、誓約者から更に土地を譲り受けた承継人に過ぎません。
原告は、被告がフリーホールド・コベナントの内容を承知の上で土地を譲り受けたとはいえ、フリーホールド・コベナントの当事者ではない被告に対して、原告は、その執行を申し立てることができるのでしょうか。
本件では、このような点が争点となりました。
裁判所の判断
裁判所は、原告の主張を認めて、被告による建物建設は差し止められることとなりました。
この判例は、1848年とかなり古いものであり(日本では嘉永元年、ペリー来航の5年前)、少し分かりにくい書きぶりとなっており、ここでは詳しく紹介しませんが、本判例を期に、承継取得者に対するフリーホールド・コベナントの執行について、次のように条件が整理されたものと言われています。
考察
フリーホールド・コベナントの負担の承継は、衡平法上のものであること
本件でまず注意すべきなのは、承継取得者たる被告に対するフリーホールド・コベナントの執行は、衡平法上の請求であるということです。というのも、コモンローの下では、フリーホールド・コベナントの負担は、承継取得者に移転しないと解されているからです。
たびたびこのnoteでも触れていますが、コモンロー上の権利はin rem(誰にでも主張できる対世界的権利)、衡平法上の権利はin personem(特定の者に主張できる対人的権利)と表現されます。個人的には、大陸法(シビルロー)における物権と債権に似ているなあと思っています。
上記④の要件は、衡平法上の権利の存在を知らない者に対してはその権利を主張できないという法諺を具体化したものであり、承継取得者に対するフリーホールド・コベナントの執行が衡平法上のものであることの表れであると言えます。
ここまで読まれて、コモンローって何?衡平法って何?という方も多いと思います。以下で記事にしていますので、良ければどうぞ!
土地が登記されているか、未登記であるか
実は、イギリスでは、必ずしもすべての土地が登記されているわけではありません(権利変動が登記されないまま放置されているという意味ではなく、原始的に登記がされていないという意味です。)。
今日の都市部では事実上ほぼ見られないとは思うものの、英国の土地法を学ぶに当たり、土地が登記されているか、未登記であるかの場合分けは常に念頭に置いておかなければなりません。
結論からいって、承継取得者に対してフリーホールド・コベナントを執行するに当たって、誓約者の土地の登記の有無によって、検討事項に変更は生じません。ただし、上記④の条件に言う「通知」は、現在では、登記により行うところ、被誓約者の土地が登記済か否かで、なすべき登記が異なってきます(*2)。
被誓約者の承継人は、フリーホールド・コベナントを執行できるか?
別の問題として、被誓約者が、フリーホールド・コベナントの対象となっている土地(本件でいえば、1808年に他社に譲り渡すことなく保有し続けていたまた別のレスター・スクエアの土地)を他の者に譲り渡した場合、その承継人は、フリーホールド・コベナントを執行することができるのか、という局面も生じ得ます。
これは、フリーホールド・コベナントの利益を土地の承継人に承継できるかという問題と言えます。
本判例が示したように、フリーホールド・コベナントの負担については、上記4つの要件を満たすことではじめて承継が認められるところ、利益については、明示的合意により承継が可能と言われています。
したがって、フリーホールド・コベナントの利益を享受している被誓約者は、これに係る土地を承継する際に、明示的に合意をすることで、承継人にフリーホールド・コベナントの利益についても承継させることができます。
まとめ
いかがだったでしょうか。
本日は、フリーホールド・コベナントの負担の承継に関する重要な古典の判例を紹介しました。
実際に書いてみて、やっぱり英国の土地法は複雑だと実感しました。読んで頂いた皆さまはどのような感想を持たれたでしょうか。
個人的には、コモンローと衡平法の二層構造、未登記土地の存在、登記制度の複雑さが、やはり土地法の理解を困難にしている諸悪の根源だと思っています。とはいえ、英国で土地取引の実務に接する際には、この辺りの知識は必須だと思いますので、根気強く付き合っていく必要がありますね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 Tulk v Moxhay (1848) 2 Phillips 774
*2 未登記であれば、いわゆるClass D(i)かD(ii)、登記済であれば、Noticeの形をとることになります。
免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。
X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!
他にも、こちらでは英国の判例を紹介しています。
よければご覧ください!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?