見出し画像

【英国法】衡平法(Equity) ー5つの重要原則ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

以前、コモン・ローと衡平法(Equity)の歴史的な成り立ちについて書きました。

書いた後で思ったのですが、英国法に馴染みのない人にとって、コモン・ローは聞いたことがあっても、衡平法については初耳だった人も多いのではないでしょうか。

そうでなくとも、衡平法って、たまに契約書の条項に記載があるけど、いったい何なの?と思われた方もいるんじゃないかと思います。

そこで、今回は英国法の最重要タームの一つである衡平法について、できるだけ分かりやすく紹介していきます。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


衡平法とは何か?

衡平法とは、コモン・ローの下では救済されない当事者を特定の状況において救済するために発展した、裁判所における慣習ないし原則であり、コモン・ローや制定法とならぶ英国法における法源の一つです。

衡平法の成立と発展、コモン・ローとの接合については、上記「コモン・ローと衡平法」をご覧ください!

衡平法はどういう場面で登場するの?

衡平法の性質上、あらゆるところで姿を見せるのですが、代表的な場面で言うと次のものが挙げられます。

衡平法上の救済(equitable remedies)

実は、コモン・ローにおける救済は、基本的に、損害賠償に限定されています。日本で法学を学んだ人からすると、ちょっとした驚きですよね。

たとえば、売主が買主に対して売買の目的物を引き渡さない場合、買主がコモン・ロー上の請求としてなし得るのは、損害賠償請求のみになります。

このような不便を埋めるギャップが、衡平法上の救済です。これには、特定履行、一部の保全処分などが含まれます。

信託法

英国法における信託とは、色々な説明の仕方がありますが、当事者の権利利益の観点からは、財産の法的所有者とその利益を享受する者(受益者、beneficiary)を分離する仕組みです。

信託法は、衡平法とともに発展してきました。封建制度が採られていた中世イギリスにおいて、土地は、極めて硬直的かつ多層的な権利構造の下で所有されていました。このような凝り固まったコモン・ローの干渉から逃れる手段として、法的な所有者と土地を使用収益する者の分離が全土で試みられます。このような脱法手段のいくつかは、良心にかなうものとして衡平法により認められ、信託法という法体系を形作るに至ったわけです。

このように、信託法と衡平法は密接に関係しており、受益者の権利は衡平法上の利益(equitable interest)とも表現されます。

土地法

既に述べたとおり、衡平法が発展した一つの理由として、中世の封建制度の硬直性が挙げられます。封建制度とはまさに土地所有制度であり、信託法と同様に、土地法と衡平法の関係は非常に密です。

英国法においても、土地に対する権利には多様なものがありますが、法的権利(legal interest)と衡平法上の権利(equitable interest)に分けることができます。日本法の感覚だとどちらも「法的な」権利なのですが、コモン・ローと衡平法という二つの法体系がある英国ならではの取り扱いですね。

衡平法の基本原則

衡平法は、コモン・ローの不備を補完するセーフティネットみたいなものです。そのため、「衡平法」という独立した項目で学ぶのではなく、上記の信託法や土地法を学ぶなかで必要となる衡平法の知識を入れていく方が、実際的だと思います。

そうはいっても、衡平法には、よく知られた基本原則がいくつかあり、これらを頭に入れておくのは有益です。以下では、実務上重要と思われる衡平法の基本原則について紹介します。

① 衡平法は救済のない不義を認めない

英語では次のように言われています。

Equity will not suffer a wrong to be without a remedy.

この原則は、衡平法の核心ともいわれています。
これまで説明してきたとおり、衡平法はコモン・ローの不備をカバーするために登場したものであり、この原則は、衡平法の存在意義といえます。

衡平法上の救済の利用の観点からは、コモン・ロー上の救済である損害賠償で十分であれば、それ以上に特定履行の請求は認めないという考えも成り立ち得ます。

② 衡平法上の権利は特定の者に対してのみ行使可能である

このような考え方を、ラテン語を用いて「in personem」と表現します。これは、コモン・ロー上の権利があらゆる者に対して行使可能であるという「in rem」という概念としばしば対比されます。

なぜ衡平法上の権利がin personemかというと、かつては、衡平法裁判所から判決を下された者は、判決に従わない場合に投獄されてしまっており、これにより判決の履行を担保していたからです。

大陸法(及び日本法)における物権と債権の区別にちょっと似ていますよね。イギリスの土地法では、登記簿に登録されたものが法的権利として行使可能であり、そうでないものを衡平法上の権利として行使可能であると整理しており、日本の不動産法における物権・債権の仕組みを利用した多数当事者間の権利利益の調整メカニズムと実際は結構似ていたりします。

③ 衡平法上の救済を求める者は潔白でなければならない(クリーンハンズの原則)

衡平法上の救済を求める者自身が、衡平法に従っていない場合には、救済を受けることができないと考えられています。クリーンハンズの原則とも呼ばれています。

日本の民法だと、不法原因給付(708条)がクリーンハンズの原則の現れの一つと言われていますよね。

特定履行の請求は、英国法では衡平法上の救済に当たるので、理論上は、原告が正義に従って行動していないと裁判所が考えた場合、特定履行の請求が認められないこともあり得ます。

④ 衡平法上の救済は裁量的である

コモン・ロー上の救済は権利であり、例えば契約不履行に基づく損害賠償請求であれば、請求者は、相手方の契約違反とこれにより生じた損害を立証すれば、裁判所の判決を取得できます。裏を返せば、裁判所は、立証できているにもかかわらず判決を出さないという裁量を持ちません。その意味で、コモン・ロー上の救済は、必要的だと言えます。

他方で、衡平法上の救済は裁量的と言われています。

ただし、裁判所の裁量は、事実上、確立されたこれまでの運用と平仄が合うように行使されます。そのため、裁判所は全くのフリーハンドというわけではなく、むしろ、当事者は高い確度で結果を予測できると思います。

⑤ 衡平法は形式よりも意思に着目する

裁判所は、当事者の取引の表面的な形式に拘泥せずに、当事者の意思に着目します。例えば、財産の移転について法定の手続が定められている場合に、たとえそれが遵守されていなくても、相応の法的保護が与えられ得ます。

具体的な例を挙げます。一定の土地賃貸借契約については、契約証書(deed)という特定の形式の契約書により締結する必要があります。しかし、その要件が満たされていなくとも、当事者の申込と承諾という一般的な契約成立の要件が満たされていれば、借主は、衡平法上の賃貸人としての権利を得られる可能性があります。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
このエントリーがどなたかの参考になれば、幸いです。


免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!

このほかにも、英国の豆知識を色々書いています。
渉外法務に携わる皆さまにとって、ためになる情報の提供を意識しています。よければ、ご覧ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?