見出し画像

【英国法】秘密信託 ー裏技的な遺言方法ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

本日は、英国の相続法に関するお話です。

英国法と言えば、シビル・ロー(大陸法)との比較でコモン・ローがクローズアップされがちです。しかし、ぼくは、英国法の一番の特徴は、信託(及び衡平法)が様々な法分野で使われていることだと思っています。

今回ご紹介する秘密信託は、日本の相続実務に携わった専門家からすると、「そんな遺言あり?」と思うような仕組みを提供します。

実務で使うことは無いかもしれませんが、興味深い制度なので、ぜひ読んで頂ければと思います!

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


秘密信託(secret trust)とは何か

一言でいうなら、遺言書に明記されていない遺言者と相続財産取得者の間の取り決めです。

こう書いても、ちょっと意味が分からないと思いますので、順番に紐解いていこうと思います。

信託と遺言について

まずは、英国法における信託と遺言について、簡単に説明します。

信託とは、ある者(設定者)が、ある者(受益者)のため(*1)に、資産をある者(受託者)の管理下に置くことによって設定される法的関係です。

例えば、英国法では、未成年者は土地所有者になれないところ、父親が、早期に子供に対して土地を譲りたい場合に、弁護士を受託者として、子供を受益者とする信託を設定することなどが考えられます。

英国法では、遺言は信託の形態の一つとされ、遺言信託とも呼ばれます。

どういうことかというと、遺言を行うことで、遺言者(設定者)は、遺言者の死亡時に、相続人(受益者)のために、遺言執行者(受託者)に対して、遺言者の財産の処分を任せることができます。

Wills Act 1837は、遺言の成立要件を定めています(*2)。

具体的には、①遺言者の署名のある書面で行われ(*3)、②遺言者がその署名により遺言の効果を発生させる意図が認められ、③遺言者の署名が2名以上の立会人の下で行われ、④各立会人が遺言者の立会の下でその遺言に署名をしなければ(*4)、遺言は有効とはなりません。

秘密信託とは、その名の通り、遺言の記載とは実質的に異なる効果を秘密裡に発生させることを可能にする、いわば裏技のようなものです。

完全秘密信託と半秘密信託

実際に例を挙げてみようと思います。

完全秘密信託

ケース1:
ある資産家のX1は、「私の不動産の全てをメイドY1に譲る」という遺言を作成しました。実は、X1にはZ1という隠し子がおり、生前に、Y1に対して、相続により取得する不動産をZ1に譲渡するよう依頼し、Y1はこれを承諾しました。

このような遺言のスキームを完全秘密信託と呼びます。Xの意図は、不動産の全てをZ1に譲り渡すことであり、遺言に記載された「メイドY1に譲る」意図はなく、上記②の要件を欠きます。

なお、英国法では、日本法にいう遺留分の概念は無く、赤の他人に対して相続財産を全部譲渡することも可能です。

半秘密信託

ケース2:
ある資産家のX2は、「私の不動産の全てをメイドY2に託し、Y2に既に伝えた目的のために、受託者として行動してもらう」という遺言を作成しました。実は、X2にはZ2という隠し子がおり、遺言作成前に、Y2に対して、相続により取得する不動産をZ2に譲渡するよう依頼し、Y2はこれを承諾しました。

このような遺言のスキームを半秘密信託と呼びます。Xの意図は、ここでも、不動産の全てをZ2に譲り渡すことであり、上記②の要件を実質的に欠いています。ケース1との違いは、遺言の中で、Y2が受託者であることが明示されている点ですね。

メイドが裏切ったらどうするのか?

もし、Y1/Y2が、不動産をZ1/Z2に譲渡せずにネコババした場合、生前のY1/Y2から事情を聞いていたり偶然に事情を知ったZ1/Z2は、Y1/Y2に対して、不動産を引き渡すよう要求できるでしょうか?

この答えがYESであれば、秘密信託は、遺言成立の法定要件を欠くにもかかわらず、実質的に遺言として機能することになります。

そして、英国の裁判所は、完全秘密信託・半秘密信託のいずれも、その効力を認めています

要件の整理

ここまで述べてきた完全秘密信託と半秘密信託の要件を整理していきます。

まず、以下の場合に、完全秘密信託が認められます。

① 遺言者の完全秘密信託を設定する意思の存在
② ①の意思が、遺言者の死亡前に、受託者に伝えられたこと
③ 受託者がこれを承諾したこと

次に、以下の場合に、半秘密信託が認められます。

① 遺言者の半秘密信託を設定する意思の存在
② ①の意思が、遺言の作成前に、受託者に伝えられたこと
③ 受託者がこれを受託したこと

秘密信託が認められる論拠

なぜ、秘密信託は、法定の要件を満たしていない遺言であるにも関わらず、遺言として機能することが許されるのでしょうか。

これには、「詐欺の隠れ蓑として使用される制定法を認めない」という英国法の格言の存在が背景にあります(*5)。

つまり、もし秘密信託が認められないのであれば、財産を他者に譲り渡すことを約束して財産を取得した者(メイドY)は、代わりにこれを保持して利益を享受できることになります。このような事態が、Wills Act 1837を隠れ蓑とした詐欺であるというわけです。このような詐欺を許さないということは、秘密信託を認めるという結論を導きます。

この考えを、信託法では「詐欺理論」と呼んでいます。

なぜ、秘密信託は利用されるのか?

受託者が秘密の条件に違反してネコババしようとしたときに、相続人が司法の場に訴えれば引渡しを求めることができるとはいえ、訴訟を行う費用はバカになりません。

なぜ、このような目に見えたリスクを冒してまで、イギリス人は秘密信託による迂回譲渡を行うのでしょうか。

実は、イギリスでは、遺言の内容は公開され、誰でも、ごく僅かな手数料を支払うことでコピーを入手可能だからです。ダイアナ妃が亡くなった時には、タブロイド紙の記者がこぞって遺言のコピーを入手していたようです(*6)。

日本の感覚だと、遺言ってすごくパーソナルなもので、世間に内容が公開されるなんて、ちょっと考えられませんよね。

誰しもが簡単に遺言の内容を見れてしまうとなると、遺言する側としては、プライベートなことは書きたくないと思うはずです。上のケースで挙げた例も考えられますし、賛否両論ある政治団体への寄付なども、知られたくないかもしれません。

このような状況から、英国では秘密信託を利用する人がいるわけです。

とはいえ、秘密信託には、財産隠しを助長するとの政策的観点からの批判や、詐欺理論に関する法学的観点からの有力な批判もあります。もしかしたら、遠くない将来に、秘密信託は不可能になり、イギリスの遺言に基づく財産変動は、すべからく公開される日が来るかも知れません。

ここまで読んで頂きありがとうございました。
どなたかの知的好奇心を満たすことがあれば嬉しいです。


【注釈】
*1 トリッキーな例として、受益者の利益のためではなく、特定の目的のために設定する信託(チャリティ)もありますが、ここでは割愛しています。
*2 Wills Act, s. 9
*3 遺言者の指示に基づき、遺言者の立会の下で、第三者が署名することも可能です。
*4 もう少しバリエーションがあるのですが、ここでは割愛します。
*5 衡平法上の格言です。衡平法については、こちらをご覧ください。
*6 J E Penner, The Law of Trusts (12th edn) (OUP) 2022, p. 219


免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


X(Twitter)もやっています。
こちらから、フォローお願いします!

こちらのマガジンで、英国法の豆知識をまとめています。
よければご覧ください!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?