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排泄小説 15

 次に目が覚めたとき、おれは床に仰向けに寝かされていた。どれくらい時間が経ったのか分からなかった。体に力が入らず起き上がれなかった。腕や脚が鉛のように重かった。何か薬を嗅がされたのだ。だが、何のために?
 模糊山はおれのすぐ近くでぐるぐる歩き回っていた。その軽い足取りからやつが上機嫌なのが分かった。何をするつもりだ。おれがポリ介にやつの無罪を主張しなかったせいか。おれを逆恨みしているのか。喋ろうとしたが口もうまく動かなかった。
「なに?」模糊山が顔を近づけてきて言った。
 おれは一生懸命喋ろうとした。やつの狙いを知りたかった。
「ちょっとおとなしくしててよね。すぐ済むから」
「な、な、んが」
「え?」
「な、にが」
「いいから」
 模糊山は傍らにしゃがみ込むと、おれのベルトに手をかけてきた。かちゃかちゃと金具が当たる音がして、おれはこいつが何をやろうとしているのか一挙に理解した。
 冗談みたいな話だった。こいつはこれから――。
 模糊山はおれの足元に行くとズボンの裾を掴み、足の皮をずる剥けにするみたいにして一気に脱がせた。やつはズボンを部屋の隅に投げ捨てると、今度はおれの横に膝をつき、体の下に手を差し入れてきておれを鮭の切り身みたいにひっくり返した。おれはうつ伏せにされ、ケツを上に向けた。白のブリーフを履いた無防備なおれのケツを。
「やべ、や、やべれ……」
「誰にも言わないから。こないだのことも、今日のことも」
 模糊山は宥めるように言った。とんでもない脅しだった。おれの大事なケツの穴がこんなやつに犯されようとしていた。
「こないだ、めちゃくちゃ興奮した」
 おれは力を振り絞って床を這って逃げようとした。模糊山はおれの足首を掴んで軽々とそれを阻止した。おれはケツをふりふりして抵抗した。
「かなり臭かったけど嫌いじゃないから。ああいうことされちゃうと、おれだってこうなっちゃうよ。しょうがないよ、もう」
 何を言ってるんだ、こいつは。
 やつは、おれがくそを漏らしたのを見て興奮したと言っているのだった。メタボのパワハラ野郎というだけで最悪なのに、同性愛とスカトロの属性まで持ち合わせているのだ。考えつく限り、最低最悪の組み合わせだった。
 おまけにこの手口。何の薬か知らないが、素人技とも思えなかった。だいたい、警察にも疑われている状況でこんなことをするだろうか。こいつは頭がおかしいのか。イエスだ。こいつはとんでもなく頭のおかしいやつだ。いかれてる。地獄に落ちるべき性犯罪者だ。ポリを呼べ。あいつらはどこだ。
「峰打くんは大丈夫だよな」
「うが、が」
 何が。
「これくらいで死んだりしないだろ」
「が?」
 何? 何だって?
 そのとき、まるで漫画みたいに、おれの中を確信の稲妻が貫いた。
 こいつか。こいつだったのか。
 万賀一の自殺の原因はこいつだとは誰もが思っていた。それはその通りだ。だが、理由が違ったのだ。万賀市もやられたのだ。これからおれがやられようとしていることを。繊細なやつには耐えられないようなことをされたのだ。そのせいで自殺したのだ。
 万賀市はパワハラ日記と化したやつのピーチクパーチクのアカウントにさえ、そのことを書けなかった。婚約者にも告げず、死ぬしかなかった。笑い者になる前に。恥辱に耐えきれなくて。
 やつだってまさか、散々パワハラされた相手に最後の最後にカマを掘られることになるとは思ってなかっただろう。だからさっさとあんな仕事はやめればよかったのだ。そう言ってやったのに、バカなやつだ。
 洟垂れデブのカマ掘り処刑人が一体どこでこんな性癖に目覚めたのか知らないが、何もかも腑に落ちる気がした。まともな人間じゃないことは分かっていたが、おれに白のブリーフを持ってきた時点で気づくべきだったのだ。落ち着いて考えればそれしかないと分かったはずだ。
 やつはずっと万賀市とやりたくてやりたくて仕方なかったのだ。ずっとその機会を伺っていたのだ。万賀市に向けた暴言の数々は、やつの前戯か我慢汁みたいなものだった。散々待ったわりには用意周到ではなかったが、そのときが来るまで本人も無自覚だったのかもしれない。衝動任せにやったのだ。今こいつの顔を見ればそれが分かる。この懲役三百年もののカマ掘り処刑人は、間違っても知能犯タイプではない。
「うへっへ」
 模糊山がよだれを垂らさんばかりに笑った。いや、実際によだれが垂れていた。おれの白のブリーフに。おれはあれからパンツを変える暇もなかった。くそのしみをシャワーで洗い落とす暇もなかった。
 やつの手がおれのパンツにかかった。おれは脱がせまいと抵抗した。模糊山がまたよだれを垂らして笑った。白のブリーフを履いたおれのケツが右に左に揺れたからだ。それを見て、やつはかわいいとか何とか思ったのかもしれない。泣くしかなかった。今のおれは何をしてもやつを喜ばせてしまうのだ。興奮させてしまうのだ。
 どうにもできなかった。おれは抗う術もなくパンツを脱がされた。おれだけのものである、おれのケツの穴が、もっとも最低最悪のやつによって欲望のままに犯されようとしていた。このままおれは――。このまま――。このまま――。
 ぐぴっ。
 これならどうだ。おれのケツの穴がさっきの残りかすを吐き出した。はっきり分からなかったがガスだけではなかったはずだ。少しは身も出たはずだ。そうだ、穢れを吐き出せ。すべて黒く塗れ。おれのくそで。
「うほっ」
 だがそれも、やつを喜ばせただけだったようだ。この手がダメとなると万策尽きたも同然だった。模糊山は脱がせたブリーフでおれの尻を拭った。ブリーフはこんなときにもトランクスより役に立つのだ。
 緊急事態! 緊急事態!
 突然、部屋の警報が鳴り出した。いや、部屋に警報なんてなかった。おれの頭の中で、やばいことを知らせるアラームが鳴り響いたのだ。おれの視界は赤いランプが激しくまたたくみたいに、赤く染まっては元に戻り、赤く染まっては元に戻りを繰り返した。
 うつ伏せになったおれの上に、模糊山が覆いかぶさってきた。ケツに固くて熱い棒状のものが当たったので、やつが下半身に何もつけてないことが分かった。やつの固いものが、ああでもないこうでもないとおれのケツを突つき回した。まるで別の生き物だった。まったくおかしなゲームだった。おれは泣きながら笑い出しそうなほどだった。
「ん?」
 模糊山がおれの上でもぞもぞ動いた。
「なんだこれ」
 やつはおれの上着のポケットの中にかさばるものを見つけた。取らせまいとしたが無駄だった。例の茶封筒だ。やつがそれを抜き取ると、口が下向きに開いて札束が床にばさっと落ちた。
 おれは必死に手を伸ばしたが、先に拾い上げたのは模糊山だった。やめろと言ったが言葉にならなかった。
「ほっ」
 やつはおれの上に乗ったまま笑った。金はちょうど百万あった。金持ち気分を味わいたくてそれだけ手元に残しておいたのだ。百万で金持ちだなんて、我ながらその貧相な金銭感覚がかわいそうになった。おれはなんてかわいそうなやつなんだ。
「何これ。どういう金?」
「あ、あわんな」
 さ、触んな。
「え? ま、いいか。もらっちゃお」
 模糊山は札束を茶封筒に戻してベッドの上に放ると、おかしくて仕方ないというように笑った。笑い過ぎて、むせ返った。
 おれの頬を涙が伝った。身ぐるみはがされるとはまさにこのことだった。やつはおれを好きなように犯したあと、金を奪って逃げるのだ。そして、おれはそのどちらについても口外することができない。完全犯罪だ。
「涙の数だけ強くなれるよ。アスファルトに咲く花のように」
 模糊山は気分よさそうに歌いながらおれの腰を引き上げた。おれは膝が立たなくて何度も崩れ落ちた。模糊山はおれの下に枕とクッションを挟み込み、やつのやりやすい格好にさせた。
「見るものすべてに怯えないで。明日は来るよ君のために」
 模糊山は鼻歌でサビを繰り返しながら、おれのケツをまさぐった。おれのケツをぶった。親指の腹を使っておれのケツの肉をより分けた。おれは泣いてやめろと言った。涙の数だけ強くなれるよ。おれが泣くと、やつが歌った。ついに、やつは両手の指を使っておれのケツの穴を押し広げた。
「あれ?」
 やつは指をぱっと離した。おれのケツの穴が昔の短編アニメーションのラストシーンみたいに小さくなっていって、やがて閉じた。
「今なんか見えたけど」
 やつはおれの顔を覗き込むようにして言った。何を言っているのか分からなかった。自分のお楽しみのために小芝居でもしているのかと思った。
 びちぐそとは違う何かが出そうになって、おれはわずかに首をひねって後ろを見た。自分のケツの上にうっすら紫の煙が立ちのぼるのが見えた。前にも見たことがあるやつだった。南真南にケツの穴をいじられそうになったときに。
 だが、その場所にくそ以外のものがあるはずなどなかった。模糊山が引き寄せられるようにして紫の煙に手を伸ばした。やつが掴もうとすると、それはすうとかき消えてしまった。
 模糊山はおれを見た。おれとやつの視線がおれのケツ越しに交差した。やつの目は今のは何だと問いかけていた。おれにだって分からなかった。
「ちょっといい?」
 模糊山は欲望というより、むしろ好奇心から言ったようだった。おれのケツの穴がまたしても広げられた。奇妙に静まり返ったおれの部屋に、おれの肛門が口を開ける音がかすかに響いた。ぬぱっ。
 やつの指に遠慮はなかった。おれのケツの穴は極太のくそが出るときみたいに広げられた。肛門の縁にぐるりと添えられたやつの節くれだったごつい指が、そのままぐいぐい奥に潜り込んできた。やつはおれを奥の奥まで広げようとした。
「やめ、やめれー」
 そのとき、模糊山の指がぴたりと止まった。やつは何も言わなかった。だが、まるでそこにあるはずがない何かを見つけでもしたみたいに、驚きに息を飲んだのが指先から伝わってきた。ケツの穴を通じて伝わってきた。
「わ!」
 模糊山の指がおれの中でもがいた。やつは指を引き抜こうとしたみたいだった。それなのにぐいぐい奥に入ってきた。
「く、くろ、黒い光がっ!」
 模糊山が場違いなほど朗々と言った。
 黒い光? 何のことかさっぱりだったが、もうこれ以上無理だった。やつは、拳が入りそうなほど奥までおれに押し入ってきていた。やつの両方の拳が狭き門を破壊しそうになっていた。拳二つ分なんて、人のケツの穴の許容を完全に越えていた。だが、だが、おれのケツの穴は――。
「なんだお前はうわわわわわー!」
 模糊山が丸ごとおれの中に入ってきた。わけが分からなかった。やつが自分から入ったのではなかった。何かに引きずり込まれたのだ。
 ケツの穴で何が起きているのか、自分自身の目で見ることはできなかった。ただ感じることができるだけだった。おれのケツの穴はやつの拳二つを飲み込み、勢いがついたみたいにその先まで飲み込みはじめていた。どうやったのか自分でも分からなかった。止めようもなかった。肛門全体が猛毒の蛇にでも咬まれたみたいに腫れあがってぢんぢんした。おれは恐ろしさに震えながら四つん這いでいるしかなかった。
「無理無理無理無理ー!」
 模糊山は叫びながら飲み込まれていった。おれもまったく同じことを叫びたかった。やつの叫び声がくぐもった感じになると、あとは一気だった。恐る恐る首をひねると、逆さまになって天井を向いた模糊山の足が見えた。やつの足は、まるで豪快にすすられた麺みたいに、大きく波打ちながら吸い込まれていった。どこへ? おれのケツの穴へ。
 ぶぴっ。
 おれのケツの穴が、まるでげっぷでもするみたいに音を漏らした。


いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。