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マイ・ライフ・アズ・ア・スープ

 「プリンスは生きている」と書かれたTシャツ。運転席の男に共感できるのは唯一それだけだった。
 一緒になったほとんど最初から、この男は頼んでもいないのに己の武勇伝を語り出した。時系列を行ったり来たりしながら何度も同じエピソードを繰り返すそのさまは、まさに壊れたレコードそのもの。こちらが無視を決め込んでも少しもめげる様子もない。
 外はひどい雨で、窓を開けるわけにもいかなかった。田舎道はどこまで行っても殺風景で、獲物はまだしばらく先。おれはときどき目につく路上の犠牲者たちに目をやりながら話を聞き流す。どの遺体も体の一部しか残っていない。こいつは誰彼かまわず食い散らかしている。
 プリンスが最後に来日した2002年のツアーのことは今でもよく思い出す。「マイ・ネーム・イズ・プリンス」の第一声に全身が痺れた。中三の秋の武道館。おれはまだ自分の能力に目覚めておらず、世界はあちこちで綻びを見せながらもまだ平和を保っていた。プリンスこそ無敵だった。彼もおれたちのようだったらよかったのに。人間を越えたもの。人間ではない何か。
「高速バス止めて乗客の女の子たちの連絡先を全部ゲットした話したっけ?」
 うっかり耳を貸すと神経を逆撫でされる。なぜこんなやつと組まされたのか知らないが、今すぐこいつを始末しておれ一人で仕事をこなしてもいいんじゃないか――。
「それはよくない考えだぜ」突然男が言った。「こいつは相当やばい。ちゃんと協力しないとな」
 運転席に目をやると、にたにた笑うやつの横顔があった。どうやら人の心が読めるらしい。
「あんたみたいに忍耐強いやつは初めてだ。おれが気分よく話してると大抵のやつは途中でキレるんだけどな。そういう能力なのか?」
 答えるのもバカバカしい質問だった。試されていたのかと思うと腹が立ち、おれは窓の外に視線を戻した。
「教えろよ」
 その必要はない。そのときになれば分かることだ。
「無口なやつだな」


【つづく】


いただいたサポートは子供の療育費に充てさせていただきます。あとチェス盤も欲しいので、余裕ができたらそれも買いたいです。