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「当事者のエゴが時代を変える」。吉藤オリィが参院選で見たある風景

2019年7月22日の投開票の参院選。「れいわ新選組」が擁した筋萎縮性側索硬化症(ALS)と脳性まひの当事者2人が比例区で当選した。

病気や障害、引きこもりなどで外に出られない人のために「分身ロボット」を開発してきた吉藤オリィさんは、感慨無量でその結果を受け止めたという。

「寝たきり」の候補者が
会見に臨み、街宣で人だかりに囲まれて思いを訴え、開票結果をともに見守った風景。

オリィさんは、そこに
テクノロジーや制度の進化、人々の汗を見たという。

当事者本人の「やりたい」という強いエゴと、時代の変化も。

参院選の開票結果で舩後靖彦さんの当確が出たとき、ALSの患者さんたちと6年以上前から親しくしていたこともあり、思わず「よし!」と叫んでしまいました。

あの日、いろんな意味で歴史が動いた。

体力、知力、気力、人気。すべてそろった「強者」な人間ばかりの世界に、「弱者」扱いされてきたALSの寝たきり患者が「国民代表」として入った。

舩後さんの「寝たきり」の姿は、いつか自分たちもなる姿でもあります。だから彼は「寝たきりの先輩」でもある。舩後さんの姿を見て、国会議員はその事実に直面し、「寝たきり」を自分ごととして考えるようになるかもしれない。

「政治家」や「働く」という言葉の持つイメージすらも変わっていくでしょう。いずれにせよ舩後さんたちの当選は、偏った万能主義の政治の世界に、多様性をもたらす画期的な出来事でした。

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17歳からいままで「孤独の解消」をテーマに、ロボットの研究開発を続けてきました。

いじめなどから小学5年で不登校になり、それから3年半、家で時計の針の音を聞きながら天井を眺めて暮らしました。「自分は社会のお荷物だ」「もう死んだほうがいいかな」と本気で思ってました。圧倒的に孤独だった。

つながっていないと孤独を感じ、生きる意欲を失う。不登校だった私だけでなく、病気や障害で動けない人もそれは同じ、と知りました。そこから「OriHime」(オリヒメ)という、孤独を解消する分身ロボットを開発しました。

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オリヒメは、自分の意識をどこにでも運べる「心の車椅子」です。カメラ、マイク、スピーカーが搭載され、インターネットを通じて操作します。周りを見回し、聞こえてくる会話にリアクションもする。外出できなくても「オリヒメ」を置けば、あたかもその場にいるようなコミュニケーションがとれます。

オリヒメを通じ、あるALSの患者さんと知り合いました。眼球だけは動かせる彼のために、視線で入力できる意思伝達装置を開発し、「オリヒメ・アイ」の誕生につながりました。

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仲間と会見に臨み、街宣で人だかりに囲まれ、当確を喜ぶ。舩後さんの選挙の風景には、見えないけれど、いろんなものが詰まっていたと思います。

それは、テクノロジーや制度の進化、その実現に尽力した人々の汗、それから当事者の強い「エゴ」。

10年と少し前まで舩後さんのような重度障害者の多くは、24時間連続のヘルパー利用が公費で保障されていない中で暮らしていました。だから在宅で自立した生活が送れず、外出できたとしても遠くまで行けなかった。

でも呼吸器や車椅子、意思伝達ツールなど、自立した生活を送るための技術が進歩した。医療・介護制度も改善されてきた。その実現に尽力してきた人の汗や彼らが築いたノウハウも、もちろん大きな影響を与えている。

なにより、舩後さん自身の「これがしたい、あきらめたくない」という強い意思=エゴが欠かせなかった。

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舩後さんは担がれて参院選に出たわけじゃない。彼は、2014年の千葉県松戸市議選にも立候補し落選している。前から政治家になりたいと思い続けてきた。だから今回も立候補した、と聞きました。

エゴって大事です。時代を大きく変える原動力も、「やりたい」という強いエゴだから。そこにテクノロジーをかけ合わせれば、さらに前に進める。逆にいえば、エゴがない人にどんなテクノロジーを与えても、なにも変わらない。

オリィ研究所にもかつて、強いエゴをもった男がいました。

番田雄太。4歳の時交通事故にあい、首から下が麻痺し、寝たきりの病院暮らしで学校にも行ったことがなかった。だけど彼は、わずかに動くあごの力だけで24歳からいろんな人にメールを打ち始め、親にやめとけといわれながら6000通も送りました。

そのうちの1通が、私に届きました。

2014年から2018年3月に急逝するまで、オリヒメを使い、岩手・盛岡の自宅にいながら私の秘書として働き、講演で全国を一緒に回りました。

学校に行ったことのない番田は、幸いなことに美徳とされる「我慢」を叩き込まれていないまま大人になった。あきらめが悪くて、気を遣わない。

こんなこともいってました。「体が資本というけれど、心が死んだら意味がない。僕は絶対に心は死なせない。心が自由だったらなんでもできる」と。

実際、番田のエゴは、さまざまなものを世にもたらしました。そのひとつが、2018年、番田亡き後、東京で開かれた分身ロボットカフェ「DAWN」でした。外出が難しい重度障害者10人が、全身型ロボットの「オリヒメ-D」を交代で遠隔操作し、注文をとったり、コーヒーを運んだりする世界初のカフェでした。

番田がらみで私があれこれ忙しかったころ「まるで私がお前の秘書みたいだな。たまにはコーヒーくらい淹れてくれよ」と冗談でいったら「じゃあそれができる身体を作ってよ」と番田が返したことで始まったプロジェクトです。

DAWNはそれまでの常識を変えた。ALSで呼吸器をつけてる人は働けないという常識です。オリヒメ-Dを使えば、自宅で寝たきりのままで働ける。働きたかった人が働けることで自己肯定感が生まれ、孤独ではなくなる。

働けないと思われていた重度障害者が働くことで制度も揺さぶられました。オリヒメを通じて働いた方々に時給1000円で報酬を払ったのですが、障害者総合支援法の解釈では、報酬を受けて働いた時間は、重度訪問介護サービスの料金は全額自己負担になってしまう。働くと、むしろお金が出ていくという異常さです。「働きたい重度障害者が働けない」と訴えるきっかけになりました。

番田のエゴで生まれた分身ロボットカフェは、この秋、またひらかれます。

多様性、と最近よくいわれるようになりました。でも、人々はもともと多様だったんです。多様性への社会の許容度が増した結果、多様さがより見えるようになり、その重要さが改めて認識されるようになってきたのだと思っています。

より多様になるには、自分のエゴを持ち続けることだと思っています。私自身、この「黒い白衣」の格好を13年続けて、許容度が変わっていくのを感じてきました。この格好が社会から許容されていなかった最初のころは、警察官によく職務質問されたものです。

去年はこの格好で天皇陛下にお会いし、オリヒメの概要を説明させていただきました。一応スーツとネクタイも持参しましたが、その変な服を脱げとはだれからもいわれませんでした。

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なんといわれようが、後ろ指をさされようが、「自分らしさ」を着続ける。そのうち、風向きの変化も感じられるようになる。エゴを引っ込め空気を読んでばかりだと、独自のセンサーは消えてしまいます。だけど、エゴを持ち続ければ、時代から受け入れられていくことも感じとれる。

常識も、時間とともに変わっていく。たった20年前が今と全然違う生活と価値観だったように、いまの「非常識」は未来の「常識」になっていきます。

大切なことは自我、自分をもつことです。

身体が動かないと何もできなかったこの瞬間ですら、未来からみたら絶対にギャップを感じるはずです。

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吉藤オリィ(本名:吉藤健太朗=よしふじ・けんたろう):1987年奈良県生まれ。ロボットコミュニケーター/株式会社オリィ研究所代表取締役所長。小学5年生からの3年半、引きこもりに。母親の勧めで参加したロボットコンテストを機に立ち直り、奈良県立王寺工業高校に入学。電動車椅子の開発に尽力。卒業後は詫間電波工業高等専門学校を経て、早稲田大学創造理工学部に入学。在学中から分身ロボットの研究開発に取り組み、2011年、「OriHime」完成。2012年、オリィ研究所を設立。孤独の解消を目的としたテクノロジーの開発に尽力している。著書に「『孤独』は消せる。」、「サイボーグ時代」など。

(取材・文:錦光山雅子 撮影:西田香織)


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