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人はサボる。 だから「人はみんな弱い」が前提の組織をつくった。

2013年に起業した宮田昇始さん。

起業から2年半、受託業務で食いつなぎながら2回の新規事業の失敗と、10回のピボットを繰り返したのち、ようやく成功するのではと思えるサービスを世に送り出した。

会社は順風満帆で慢心してしまいそうになっていたという。「社長なら新規事業に取り組まねば」と一人古いワンルームマンションにこもったものの、仕事に身が入らなかった。

これまでの人生の中で、「人間の弱さを常に感じてきた」と話す宮田さん。

人の弱さ、甘さ。それすらもハックする、彼の思考とは?

自分を追い込むつもりが逆にサボってしまう

企業向けの人事労務ソフト「SmartHR」は、導入数を伸ばし、会社も急成長を遂げていた。そんな中、代表の宮田さんは悩んでいた。

2018年秋、「新規事業つくるまで帰りません」。そう宣言して、渋谷のワンルームマンションにこもった。

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宮田さんがこもったワンルームマンション、渋谷駅から徒歩15分の不便な場所をあえて選んだという=SmartHR提供


宮田:SmartHR本体の事業はとても順調でした。全てのことがほぼ手離れできていると言っても過言ではないくらい、メンバーに権限が委譲できていました。メンバーが優秀なので、自分が手を動かさなくても業績が上がっていく。なんなら、僕が社内で一番ヒマだったと思います。

SmartHR本体の事業はとても順調ですが、それだけでは、僕達が目指す水準には到達しません。会社として「普通の勝ち」ではなく「大勝ち」にしたいと強く思っています。そのために「新規事業をやるべきだ」と思いました。

当時は半蔵門にキレイで快適なオフィスをかまえていましたが、そのオフィスにいると成功にしがみついて頑張れない気がしちゃったんですね……。

僕はものすごく自分に甘く、すぐにラクをしようとする性格です。自分への言い訳も抜群にうまい。

自分の性格をよく知っているので、渋谷の古いワンルームマンションを借りてこもりました。「新規事業を作るまで帰りません」と社員やブログで公言することで退路を断ちました。

「自分がやらなければなにも進まない」という、ある程度の「焦燥感」で自分を追い込むことが必要だったんです。

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それなのに、あまりにもダメな自分が出てしまったんです。

ワンルームで自分を追い込むつもりが、気がつくと、ゲームをしていたんですよね。そのまま1週間が経ったときさすがに「はっ!これはやばいな」と(笑)。

監視の目がないとやっぱりサボってしまうんですよね。

一人だとサボってしまうので、新規事業をやるなら、一緒につくるパートナーがすぐにでも必要だと思い、新規事業の共同創業者を採用しました。無事に事業化して、翌年からSmartHRの子会社として経営しています。


根性論ではなく、努力しやすい仕組みと環境をつくる

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人間って簡単にサボるし、弱い部分がたくさんありますよね。誰しもそうだと思います。

思い出したんですが、起業直前も共同創業者とオンラインゲームに熱中していました。

当時、彼も僕も『ドラクエ10』(ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン)にハマってたんです。僕が600時間くらい、共同創業者は800時間くらい溶かしていました(笑)。

「このまま起業したら絶対うまくいかないよね」と、2人ともゲームを絶って起業しました。以来ゲームにのめり込むことなく、やってきました。

2人いればお互い「監視」の目が働くし、お互いをがっかりさせない為に努力する。だから、根性論で頑張るのではなく、「自然と努力しやすい仕組み」を作ることは大事です。

——仕組み化する。

人間にとって一番難しいことは、自助努力を続けていくことだと思うんです。

去年から月間100キロ走っているんですが、布団から起きて、ウエアに着替えて外に出るまでの間「やめたいな」と思う自分と戦わなければならない。それが一番きつい。家から出てしまえばもう走るだけなのでラクなんですけど。

自助努力だけで100キロは走れないので、勝手に努力しやすい環境をつくっています。

SNSやSlackで「今月100キロ走ります」と会社のメンバーや友人に宣言し、自分が逃げられないようにする。目標を3日単位で小さく区切って、ズルズルいかないようにする。日々のログを残して、それも公開する。そうするとサボりづらくなる。

それが「努力しやすい環境で頑張る」ということですね。

「今月100キロ走る」と宣言したのに走らなかったら、「目標未達」ですよね。社長が「目標未達」はかっこ悪いので……(笑)。僕はサボりがちな人間なので、会社の経営でも社員が「努力しやすくする仕組み、環境づくり」を意識しています。

人はなぜサボるのか?「不正のトライアングル」がヒントに

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——人はなぜサボるんでしょう?

「サボリ」は、「不正」に似たメカニズムがあると思っています。

弊社のCFO(最高財務責任者)はかつて監査法人で働いていて、いろんな企業の監査をしていたんです。

彼から「不正のトライアングル」という理論を教えてもらいました。アメリカの組織犯罪研究者、ドナルド・R・クレッシーが唱えているもので、「動機」と「機会」と「正当化する理由」、この3つが揃うと、人間は不正を犯してしまう、と。

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不正のトライアングル=アメリカの組織犯罪研究者であるドナルド・R・クレッシー(Donald Ray Cressey)が提唱した理論。「動機」「機会」「正当化」という3つの要因がそろった時に不正が発生するとした。

たとえば、横領。

「ギャンブルなどで大金を失った」とか「家族が病気でお金が必要になった」とか、まずはそういう「動機」があります。

次に「機会」。会社の経理担当が1人で会社の銀行口座のお金を動かせてしまうような状況で起こりやすい。

そして「正当化する理由」。たとえば、「役員がすごくいい給与をもらってるのに自分は少ない」「一般的な水準の半分しかもらってない」「社長はプライベートなことでも領収書を切っている」といった、自分の中で言い訳できる何かがあれば「正当化」が成り立ってしまう。

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こういう構造を踏まえると、不正を防ぐためには「僧侶みたいな欲のない人を採用する」「不正をしないように頑張る」のではなく、不正のトライアングルの一つ、「機会」を潰しておく。これが重要です。

「動機」は、会社ではどうしようもできない部分が多い。それに対して「機会」は、会社側がコントロールできる余地がかなりある。例えば銀行預金は3人の決済がないと動かせないルールにするだけで、横領を防ぐ確率がかなり上がる。

また、「正当化する理由」も大事で、社長が経費を私的に使わない、市場水準に見合った報酬をしっかり用意するなど「健全な会社」であるよう努めたり。

これは、社長の僕ですら決して例外ではないんです。トライアングルがそろえば不正に手を染める可能性はゼロじゃない。実際、僕は会社のお金を手続きなしには1円も動かせない状態にしてあります。

みんな人間なので弱さはある。それを前提に、悪い方向に流れない環境や仕組みを作るようにしています。

不正とサボりの構造は似ているので、僕が仕事をサボってしまったのも3つの要素が考えられます。ゲームの誘惑という「動機」と、監視の目がないという「機会」、会社は順調だからという「正当化」がそろった結果なのかもしれません。


「利害を一致させる」組織づくり

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組織づくりって、砂場の山に似ています。

砂山に上から水を流すとき「こっちに流れやすいように」とちょっと溝を作ってあげると、そっちにブワーッと水が流れて行く。

SmartHRでも、チームのマネージャー同士が牽制しあうようになった時期がありました。会社の目標をチームごとに7つか8つくらいに因数分解して細分化したことで、利害が一致しづらくなったんです。

そこで目標を3つだけに絞り、全員の利害が一致しやすくしました。そうすると全員が同じ方向を目指せるようになります。水の流れが1つになると、意識がずれにくくなり、お互い協力することができるんです。

会社で「部活制度」も作りました。4人以上、かつ2部署以上、特定のテーマで集まったら、1人1500円を会社が補助します。誰でも、いくつでも参加していいことにしました。

今では60部ほどまで増えました。蹴球部(サッカー部)、登山部、ワインを情報で飲む部といろいろな部活があるんですが、1番人気はうなぎ部です。

人は得しそうなことや楽しそうなことだったら呼びかけなくても自ら参加します。誰もが得をする仕組みを作ることで、結果的に部活を通じて遊んで話して、より社内の親睦が深まるようになります。

部活での交流から仕事に発展することもあります。「最近、お客様からこういう話がでて」「じゃあ、それを作るから事例にしよう」というような、連携が生まれるようになりました。

会社としても1人1500円くらいの出費で、勝手に仲良くなってもらえるので得ですよね。

創業者が1人じゃなくてよかった

SmartHRを世に出すまでに、2回の新規事業の失敗と、10回ほどピボットを繰り返して、結局3年弱かかりました。

いいプロダクトになる予感はあったんですが、当時会社の口座も自分の口座も残高は10万円しかなくて、しかも翌月には娘が生まれる、という状況でした。正直、会社をたたもうかと思っていたんです。

自分1人で始めたのなら、僕だけ次の仕事を見つければいい。ただ共同創業者の存在が気がかりでした。大企業で働いていた彼をひっぱってきたのは僕です。そして2年もの時間を奪ったともいえる。「手ぶらで帰してはいけない」と思いました。

さっきの「人間の弱さを制するための仕組み」の話につながるんですが。

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世界で最も有名なシードアクセラレーター「Y Combinator」の創業者、ポール・グレアムが書いた「スタートアップを殺す18の誤り」というブログでは、第一の誤りとして「創業者が1人」と書いてあるんです。

スタートアップにとっての最悪の時というのは本当に最悪なものだ。それに1人で耐えられる人というのはあまりいない。創業者が複数いるときには、団結心が彼らを1つにまとめ、保存法則すら打ち破る。それぞれがみんな「友達をがっかりさせるわけにはいかない」と思うのだ。これは人間の本性の中でも最も強い力の1つであり、それが創業者1人という場合には失われてしまうのだ。(青木靖氏 による日本語訳「スタートアップを殺す18の誤り」から引用)

これ、本当にそうだと思います。僕1人だったら、早々にあきらめて、仕事をサボって、1年目で廃業していたかもしれない。だから、共同創業者がいたことは本当に良かったと思っています。

自分の弱さや、会社の課題をオープンにする理由

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——自身の甘さ、弱さもオープンに話すんですね。

普段から、社員にも「今の会社の課題はここ」、「こういうところに困っています」と正直に打ち明けています。

採用面談のときも同じです。会社の現状の課題をオープンにしたうえで「まだまだ実現したいことがあるので、力を貸してほしい」と相手に伝えています。

なぜ正直に伝えるのかというと、「できあがっている会社には行きたくない」と考える人が多いと感じているので。それは過去に採用面談などで、断られた経験から学びました。

課題だったり、弱さを見せる行為は、「まだまだあなたを必要としています」ということを分かりやすく伝えるためでもあります。

——会社が順調だと、周りから妬まれることもありそうです。

会社が順調に見えているからこそ、過去の失敗とか、課題や、悩みを正直に伝えます。そうすると「妬まれ度」が減って、応援してくれる人が増えると感じます(笑)。

日本人は人生を「振り子」ととらえている人が多いので、うまくいっていそうな人が「実は苦労していた」と知ると、少し親近感を抱いてくれるのかもしれません。

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宮田昇始(みやた しょうじ)
株式会社SmartHRの代表取締役CEO。Webディレクターを経て2013年に株式会社KUFU(現SmartHR)を創業。2015年に自身の闘病経験をもとにしたクラウド人事労務ソフト「SmartHR」を公開。「TechCrunch Tokyo 2015」のスタートアップバトルで最優秀賞を受賞。登録企業数は公開後4年で20,000社を突破。2019年にはシリーズCラウンドで海外投資家などから62億円の資金調達。

(取材・文:川崎絵美 写真:西田香織 編集:錦光山雅子)

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