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AI時代に起きる「デジタルカルテル」とは。 独禁法の観点から弁護士が解説

近年、個人の行動や嗜好などの情報をもとにサービスを提供する企業が増え、その収集技術も広がってきました。一方、データをめぐる政策づくりの動きも世界で本格化しています。大量のデータ、それを処理するAIが社会にもたらす影響は、法律や政策、倫理規範にも及ぶことになるでしょう。

AIを手がける企業は、データとどう向き合うべきなのでしょうか。独占禁止法の専門家、池田毅弁護士による解説を紹介します。

データによる支配力の拡張

本日は、データと独占禁止法(独禁法)、AIとカルテルというテーマでお話します。

いま、独禁法は国内外で話題になっています。Googleは検索市場で強いマーケットパワーをもっています。たとえばGoogleで「カメラ」と検索すると、ただの検索結果だけではなくGoogleショッピングの画像も現れ、カメラの機種、価格、販売店舗などの情報が表示されます。

Android端末を使っている人はGoogle検索を使い、Google検索を使っている人はAndroid端末を使うという方向でシェアを拡大していく。これらはまさに「検索」というマーケットパワーをショッピングに拡張している行為です。

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現在、Googleは同じ手法で徐々に地図や自動運転へとマーケットパワーを拡大しようとしています。こうした動きに欧州の規制当局が敏感に反応しました。Android、Googleショッピングともに、競争法違反を適用しています。

こうした、いわゆる「デジタル・プラットフォーマー」による情報の独占が、世界各地で問題視される中、日本でも公正取引委員会が検討を始めています。

データ&プラットフォームに対する独禁法の執行

公取委は2017年6月に「データと競争政策に関する検討会報告書」を出しまし、さまざまな議論が起きています。今年になって「優越的地位の濫用」を個人にも適用しようという動きや、プラットフォームの透明化に向けた法制化への動きがまさに今起こっているところです。

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デジタルカルテル

ここからは、同業者間で市場価格の相場を上げる「カルテル」とAIについて話します。今後は人間ではなくAIが自分で考えてカルテル行為を行う「デジタルカルテル」が懸念されています。しかし、デジタルカルテルにもさまざまなパターンがあり、ごちゃ混ぜにして議論をすると混乱の元になるので注意が必要です。

以下、Messenger型、Hub and Spoke型、Predictable Agent型、Digital Eye型という「デジタルカルテル」の4つの類型を紹介します。

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1.Messenger : ポスターカルテル
1つ目のMessenger型は簡単で、今まで人がやっていたことをAIにやらせるというだけのことです。事例としては、アメリカとヨーロッパのAmazonで、有名人のポスターを販売している複数の業者がいました。

彼らが合意して、同じアルゴリズムを使ってポスターの値段を釣り上げました。もちろん実際に値段を釣り上げるという作業はアルゴリズムが行っているのですが、そのアルゴリズムを使って値段を釣り上げようと話し合って合意しているのは人間です。今までのカルテルと同じ構造だと認定できるので、まさにAIやアルゴリズムをメッセンジャーとして使っていたというパターンです。

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2.Hub and Spoke:Uber訴訟

Hub and Spokeカルテルの一種に、アメリカで起こったUber(一般のドライバーが空き時間と自家用車を使って行う配車サービス)訴訟があります。ユーザーがUberアプリで車を呼ぶ際に、その料金は混み具合によって上下するサージプライスとなっています。混んでいる時は、最大約8倍まで料金が上がります。

その理由は需要と供給のバランスを取るためです。混み合っているときに料金が高くなったら利用しない人も出てきます。このため常に早く車が来るというしくみにしているわけです。しかし、これでは「到着が遅くなってもいいから安く利用したい」と考える客がはじかれてしまう。その結果、価格競争が起きない状態が引き起こされている、というのが訴訟を提起した人の言い分です。

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3.Predictable Agent:ATP事件(1992)

販売業者同士でアルゴリズムを用いることの合意もなく、さらにハブになるような人もいない。ただし、それぞれの販売業者はみんなが同じようなアルゴリズムを使用していて、それがどのように動くかは理解している。そのアルゴリズムが利益を最大化するために市場で値付けを試し、学習していくうちに値段が上がっていった。こういう場合にカルテルと呼べるのか──というのがPredictable Agentです。

このケースの論点は、人間が市場で普通に競争しているのとなにが違うのかという点です。

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Predictable Agentの事例としては1992年に起きたATP(注1)事件があります。客が飛行機を利用する際、往路はJALで復路はユナイテッドといった、さまざまなパターンがあるので、航空会社はお互いのシステムをつなげて、空席情報・運賃情報を共有しています。

(注1:ATP=Airline Tariff Publishing Company、GDS/CRSへの運賃データ配信、関係国政府への運賃認可申請業務、発券データ交換のためのクリアリングハウス業務、インターライン精算代行業務などを担う)

このときに問題になったのは、プライス・シグナリング行為です。まずどこかの航空会社が料金を上げることを打ち出します。たとえば今まで東京・ニューヨーク間のビジネスクラスの料金が50万円だったのを60万円に上げます。ほかの航空会社がその料金に追随してきたら成功なのですが、追随してこなければ誰も買わないので逆に45万円に値下げして客を奪おうとします。

このように航空会社は相互に直接連絡を取り合ってはいないものの、システム上でシグナルを送ることによって料金を吊り上げようとします。実際にこのような行為が問題になったのがATP事件です。

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AIを用いることで値段を上げたり下げたりするのがスピーディかつスムーズにできるようになるので、これを取り締まるべきではないかと議論されているところです。

4.Digital Eye
そもそも販売業者はAIがどのような働きをするのかわかっていないし、それどころかアルゴリズムはAIの機械学習でものすごいスピードで進歩しています。最初はなにもできないただのアルゴリズムだったのが、自ら学習しPredictable Agentのように高い価格をうまく出す方法を覚え、それによってシグナリングが勝手に実現します。まるでSFの世界です。

しかし販売業者にはなんの悪意もなく、ただ便利な道具としてAIを使っているだけなのです。このような場合にも販売業者は責任を取らなければならないのかーーということが、いま独禁法の世界では議論されています。

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以上の4類型で、ひと口にデジタルカルテルといっても奥が深いということがご理解いただけたのではないかと思います。

個人情報保護との関係

独禁法は、個人情報保護にも密接に関連しています。例えば、独禁法は個人情報保護の領域に介入すべきか否かという議論も以前からありました。

2019年5月に公正取引委員会(公取委)が開催した「デジタルプラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」では、Facebookが所有している膨大な個人情報に独禁法を適用できるのかという議論がなされました。

欧米でも同様の議論があり、独禁法は個人情報保護に介入すべきではないという意見も少なからずあります。しかし、果たして本当にそうなのでしょうか? 

個人情報保護法も含めたプライバシー法制というのは、規約を定めてユーザーから同意を取得したら、その範囲内でのみ利用を認めるというものです。あとは、オプトアウト(広告メールなどの受信を拒否すること)への対応。プライバシー法制で対処できることはこのあたりが限界でしょう。

しかし現実には、Facebookなどのプラットフォームにどのような情報が取られているのかユーザーには分かりません。行動履歴、位置情報、IPアドレスなど、多岐にわたる大量の情報が取られています。また規約に同意するといっても、膨大な規約をすべて読んで理解するのはかなり困難です。

ある外国機関の調査報告書によると、一般的なユーザーが使っているサービス規約を最初から最後まで全部読むと一人当たり年間201時間、3,534ドルものコストがかかると記載されてあります。

同意するかしないかはユーザーの自由なので、選択肢を与えているようにも見えますが、規約に同意しなければFacebookは使えず、友だちとつながれないことになるため、オプトアウト(拒否)する選択がしづらくなります。よってFacebookなどの事業者はユーザーに対して実質的には選択権を与えていないと考える向きもあります。

このような実態を見ると、私個人としては個人情報保護法制には限界があるため、独禁法が介入すべきだと考えています。

ドイツ・Facebook事件(2019年2月7日)

実際にこのような事態になったのが、2019年2月に司法決定が出たドイツのFacebook事件です。

この事件でまず問題になったのは、Facebookがグループ内のSNSであるInstagramやWhatsAppからも情報を得てFacebookの広告に使ったこと。それだけではなくFacebookグループとは関係のない企業のサイトでユーザーがなにをしているかの情報を、Facebookに貼られたリンク先から取得し、広告を出しているということです。

思い当たる節がある人もいるのではないでしょうか。たとえば、つい最近見た企業や商品サイトの広告がFacebookに出てきて、なぜ自分がFacebookとは関係のない企業のサイトを見たことを知っているのかなと疑問に思ったようなことが。

ドイツのFacebook事件では、個人情報保護法に違反していることをステップにして競争法違反だと主張した結果、司法はほかのサイトからも情報を取得していることがドイツの個人情報保護法に違反しており、競争法にも違反しているという判断を下しました。

ここから先は私の個人的な考えなのですが、個人情報保護法に違反していなければ競争法でも問題にならなかったのでは、と思っています。結局、個人情報保護法制では、たとえばFacebookから10まで情報が取得できるとしても、ユーザーは10も取られるのは嫌だから5程度までしか同意しません。しかしFacebookを使い続けたいユーザーは、Facebookが仮に規約を変えて8まで取得するといった場合、ほかのSNSなら同意しないかもしれないけどFacebookなら同意する、ということが十分起こりえます。

また、広告主にとっては情報をたくさん保有しているプラットフォームの方が広告媒体として価値が高く、ユーザーや情報量が少ない新参SNSよりもFacebookに広告を出す企業や個人が増える。そうなるとFacebookにどんどん多額のお金が集まって、ますます強大な影響力をもつようになる。

ヨーロッパでは、このようなマーケットパワーを使った行為も独禁法の対象になりうるのではないかという議論がありました。独禁法の活用の余地はまだまだあるのではないかと思っています。

独禁法は業界横断的に適用される「最後の砦」

カルテルについて個人情報保護やデータ、プラットフォーム、AIの観点からお話しましたが、この世界に関わっている人間としては、独禁法(=競争法)という法律は業界横断的に適用される「最後の砦」だと思っています。

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プラットフォーマーなら、なんでも「アウト」ということではありません。独禁法とは独占することを問題視するのではなく、“独占する人が悪事を働くこと”を問題とみなし、取り締まるものです。今後も各プラットフォーマーのエコシステムが反競争的かどうかを判断したり、技術の進展に応じて理論や法制を発展させる必要があります。

法執行における課題として、私が最も問題だと思っているのは「時間」です。独禁法はとにかく執行までに時間がかかりすぎる。一度プラットフォームがネットワーク効果でユーザーを増やし始めたらなかなか途中で止められません。

執行に時間がかかりすぎるとクリティカルマスを防ぐことは困難となります。そう考えると、早めに独禁法を執行するべきという意見も正当性があります。

しかし一方で、そのやり方は技術の発展を阻害する可能性もあります。ゆえに、もしかしたら見逃すものがあるかもしれないけれど、それでも確実な違反行為を取り締まる方がよいという考え方もあります。

この議論に関する直近の事例に、Amazonのポイント問題があります。Amazonが購買者に対して1%のポイント還元を導入することを考えていると発表したら、まだ実際に導入してもいないのに公取委が調査に乗り出し、結局Amazonは導入をあきらめたという経緯があります。

これを公取委の成功例と見るか、あるいは少し法的な介入がすぎるのではないか(実際に1%のポイント還元を導入してみたらどんな影響があったのかを確認してから判断するべきではないのか)と考えるか。この辺りが独禁法の執行に関する課題になっています。

ABEJAはこの春から「ABEJAコロキアム」を始めました。識者や実務家を講師に招き、記者や編集者たちが社会とテクノロジーの交差点にあるテーマを議論する「学びの場」です。第1回(2019年4月25日)のテーマは「広がるデータ規制 企業はデータとどう向きあうべきか」。本記事はその模様を編集しています。

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池田毅(Tsuyoshi Ikeda)弁護士・ニューヨーク州及びカリフォルニア州弁護士。公正取引委員会で独禁法・景表法違反事例の審査・審判などを担当。現在は国内外の競争法/独占禁止法・景品表示法・下請法の全般を取り扱う事務所を運営。

取材・文・写真:山下 久猛 編集:川崎 絵美

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