2021年11月に読んだ本

塞王の楯

火消しのシリーズで大ファンになった今乗りに乗ってる作家のノンシリーズ。前作では一代の梟雄、松永久秀を描いた作品で市政の人ではなく武将のこともこんなに描けてしまうのか、と思わさせられたが本作はまた名もなき庶民が主人公。城の石垣積みで名高い近江穴太衆が一方の主人公。対するはこれも同じく近江の鉄砲鍛冶で名高い国友衆。どんな攻撃からも城を守るという強い意志で石垣を組み上げる穴太衆に対してどんな守りも突破してしまう強力な武器を作ることでいわば核の抑止力のように戰を終わらせてしまおうと願う国友衆。矛盾の語源にあるような最強の守備と最強の攻撃が直接ぶつかったらどうなるか、が描かれている。舞台となるのは関ヶ原の前哨戦で閨閥の力で地位を保ったと今に至るまで侮られている蛍大名、京極高知の大津城の戦い。職人である主人公たちの技術面の描写はもとより守る側の京極高知、迫る側の立花宗茂など武将達も魅力的に描かれていて面白いの一言。読み出したらやめられないのでタイミングを考えなければならない、そんな作品。おすすめです。


狙われた楽園

フィッツジェラルドの生原稿が盗まれた顛末を描いた前作は村上春樹さん翻訳ということもあってかなり注目されたように思う。自分もかなり楽しませてもらったのだが早くも第二作が出たので手に取ってみた。今回は訳者も変わってがっかりしたという声がAmazonのレビューにちらほらあるみたいだけど自分は全然気にならなかったかな。前作で重要な役目を果たしたフロリダの独立系書店主…本土と一本の橋で繋がった島で営業している…が本作でも活躍する。前作ではかなり微妙な登場の仕方をしたのだけれど結果として余りにも魅力的な人物になってしまったので作者も主人公にせざるを得なくなったのでは…と推測しているのだけど果たしてどうだろう。本作品では主人公が書店を営む島をハリケーンが直撃しその最中に島に住む作家の一人が殺害されてしまう。発見者となった主人公はその真相を暴こうとするのだが、という話。リゾートを舞台にした小粋なミステリのはずが事件のバックグラウンドが重たすぎて少しバランスが悪い気がしたがそれでもまだかなり魅力的な作品。シリーズ次作が出たらやはり必ず読んでしまうだろう。面白かった。


石を放つとき

邦訳されたら必ず手に取るミステリの大御所の一人。本作品は作者の最も代表的なシリーズの一つでアル中の元刑事を主人公とした探偵もの。犯人逮捕の際に自分が放った弾が跳弾となり子供を殺害してしまったことからアルコール中毒となり警察をやめ妻子とも別れて非合法の探偵をしていた主人公も一念発起しアル中から脱して昔馴染みの元売春婦と結ばれて裕福な生活を送っていることになっていたのでもはや新作は出ないだろうと思っていたのだが…と興味深く手に取った。残念ながら新作は表題作の中編のみであと名作と呼ばれる短編を時系列に組み合わせたアンソロジーだった。最近のミステリでよくあるようなどんでん返しもなければ特に昔の作品なんかは倫理的にどうなのか、と思わせられるものもあって…新作もほとんど読めないしどうなのかと思ったのだけどこれはこれで楽しめたかな。期待していた新作が無駄にセクシャルだったのが妙に気になるけど全体としては優れた作品になっていたと思います。


嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか

特段野球が好きなわけでも中日のファンなわけでもないのだけれどなんとなくタイトルが気になって。8年間ドラゴンズを率いて毎シーズンAクラス、日本シリーズには五度進出し内一回は日本一という押しも押されぬ成績を出した落合さんだけど確かに良く叩かれてたという記憶が野球にそんなに興味のない自分にもあるほどだ。日本代表に選手を出さなかったり、ノーヒットノーラン寸前の投手を交代させたり、ベテランを容赦なく切ったり不可解とも思える守備位置交代を強いたり、それでいてマスコミにはほとんど説明をしないということで好き放題に叩かれていたのだと思う。作者は元々スポーツ新聞の記者だけどエースには程遠く埋草みたいな記事を書いていたのだけど落合さんのことをなんとか理解しようと努力を続けた結果これほどの作品をものにした。落合さんが選手たちに求めたのはプロであれ、ということで戦術的には守りを固めて点をやらない野球に徹するということかな、と思う。その意味では具体的な指示を出さずともライターまでも一流のプロにしてしまったんだな、と思わさせられた。野球にそんなに興味のない自分でもこんなに面白かったのだから野球好きが読んだらたまらないでしょうね。面白かった。おすすめです。


江夏の21球

落合さんの本を読もうと思ってふと同じスポーツノンフィクションの名作を改めて読みたくなったので買ってみた。随分昔に読んだ記憶があるのだけどこれ改めて編纂されたやつなのかな。なんか読んだ覚えがあるものとないものがあったような気がする。表題作の江夏さんとベンチの心の動きなんかもほんとに心が読めてるのかと思うぐらいの出来で素晴らしいんだけど、特に有名になる事なく今は何されてるんだろ、みたいな選手たちを描いた作品とか天覧試合を登場人物たちの来歴から描いた作品とかほんとによくこのテーマに着目したな、という感じ。簡潔な文章だけどこんなに心に迫るのも珍しいんじゃないだろうか、とスポーツしない自分でも思った。ほんと早逝が惜しまれますね。良い作品でした。

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