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2021年10月に読んだ本

ボクシングと大東亜 東洋選手権と戦後アジア外交

極めて魅力的なタイトルに惹かれてその意味するところを深く考えずに手に取ってみた作品。大東亜とあるけれど実質的にはボクシングによる第二次対戦後のフィリピンとの国交回復物語。たまに太平洋戦争は欧米の植民地からアジアを解放するための正しい目的の戦争だったという説を唱える人がいるけれども本作を読めばそれは少なくともフィリピンに関してはまやかしだと分かる。個人的には日本があの当時やったことは純粋な侵略行為だし当時アジア解放を唱えた人がいたかもしれないがそれはあくまで少数はであっただろうと思う。大勢が関わっていたのだから同床異夢というかいろんな意見はあっただろうけど全体としては侵略に違いない、とそう思う。そして欧米化がいち早く進んだ大日本帝国はアジアの先駆者、盟主として振る舞ったわけだがアメリカの植民地であり少なくとも首都マニラについては当時の日本より欧化が進んでいたフィリピンはいわば目の敵にされ酷い目にあった。5人に1人しか生還できなかった日本軍も悲惨だがそれに否応なく巻き込まれたフィリピンの戦後日本に対する目は極めて厳しく日本を反共の砦として活用しようとした米国の仲介も効かず、日本の大使も当事のフィリピン大統領に会えない状況で日本人ボクサーだけは現地人と交流が図れた、それがいかに国交回復に貢献できたか、という作品。多過ぎる脚注が邪魔で読みにくい部分はあるけれど裏社会の顔役や大物政治家、国粋主義者などが暗躍する国際政治と興行世界の交わりは非常に興味深い。非常に面白い作品でした。


中先代の乱-北条時行、鎌倉幕府再興の夢 (中公新書 2653) 

恐らく来年の大河ドラマを意識して出されたのだと思われる作品。鎌倉幕府が崩壊した時に実質的に権力を握っていた執権の北条一族は一族郎党の殆どが鎌倉で自害して果てたのだけれど討幕後の後醍醐天皇の政治に不満を持つ武士たちの反乱が相次ぎ最終的には討幕の中心的存在だった足利氏が後醍醐天皇を追いやって新たに幕府を立てた、という歴史の流れがあるけれども本作で取り上げられているのはその反乱が北条一族の残党が中心であるものが多かった、という話。中先代の乱、は教科書にも載っていて最後の執権の遺児が信州で蜂起して鎮圧された、みたいなさらっとした記述だったように記憶している。往時もうっすら疑問だったのだが、なぜほぼ一族郎党が自刃して果てた中でどうやって鎌倉から逃れなぜ信州で蜂起したのか、また鎮圧された後にどうなったのか、というような点が明確にされていて興味深い。作者も中学時代にその辺りに疑問を感じたらしく結果的にこのような作品を書くに至ったその経緯も面白い。メインストリームの歴史ではないけれどもこういう言わば歴史の細部を掘り下げて行くとまだまだ面白いストーリーがあるのでは、と思った。非常に面白かった。


朝、目覚めると、戦争が始まっていました 

たまたま書店で手に取ってしまい即購入した作品。今と違ってインターネットもなく報道手段も限られているあの時代、何か不穏な予感はあったのだろうけど知らないうちに戦争が始まっていたその日についての作家、文化人、知識人による記述を集めたもの。開戦当日はラジオで何度か開戦の報道があったようでその都度に書かれたコメントをほぼ見開き一ページにまとめてある。もちろんいろんな人の意見であるので開戦の報に際して感動した、スッキリした、という人もいれば何故これを止められなかったのか、という人もいたりと賛否両論あるわけで本作の素晴らしいところはそれらを敢えて論評せずに淡々と載せていっているところ。後知恵というか結果を知った上で後世の我々が安易に批判をするのは簡単であるけれど本作品はそこが目的ではなく、言わば「なんとなくよく分かってないうちにとてつもなく重大な事態に直面していた」という状況を描きだすところにあったのでは、と思ったりした。その意味では一見平和に見える今だからこそむしろ考察のために読まれるべきものではないか、という気がした。非常に興味深い作品。


遠巷説百物語 

この作者の百物語シリーズはとっくに完結したものと思っていたので本作を見つけた時には軽い驚きがあった。いわゆる妖怪であるとか怪奇現象を人為的に演出することで難事件を解決に導く、と言うこのシリーズもマンネリを避けるためかどんどん話が大袈裟になっていって最後は作者の手に負えなくなってしまったのかな、と言う感じで完結していたのでよもや続編を目にすることはないだろうと思っていた。かなり分厚い作品で知られる作者だけれどたまたま怪談を下敷きにした比較的分量の少ない作品を読んでみてその才能に驚き、百物語のシリーズで物語作りの天才では、と思ったのだけれどやはりシリーズものの宿痾からは逃れられなかったのかなと思いきや舞台を遠野に移した本作ではその魅力的な舞台設定と相まってかっての輝きを取り戻した感すらある。読み進めていくに従って昔の物語との繋がりも徐々に現れる辺りがやはり只者ではない。非常に面白い作品。できればシリーズの最初から読んでほしい、そういう気がします。おすすめです。


夜と霧 新版

実はこの本は数年前に入手していてそのうち読まなければと思いつつ内容のヘヴィさになかなか手に取れなかったのだけどISの人質を読んでいるうちにこの流れで今なら読めるのでは、と思って手にとってみた。押しも押されぬというか言わずと知れたベストセラーで世界の名著みたいなところには漏れなく登場する作品。だからこそ入手したのだけれどナチスの強制収容所に収監されていた心理学者の体験記が楽しいわけがなくなかなか読めずにいた。何より驚いたのは内容はともかくその文章が極めて読み易いことで短いセンテンスで区切られた簡潔かつ明快な文章だけにその内容の意味するところの悲惨さがより際立っているのではないかと思った。世界的なベストセラーで内容に関して今更どうこう自分が言う事は無いのだけれど、加害者を殊更に糾弾する事なく、また、民族性を排しあくまで理不尽に極限状態に追い込まれた人間がどのように正気を保つのか、というテーマが掘り下げられていてその点が世界的名著と言われる所以なのかと思った。先が見通せない絶望的な状況でいかに精神の平衡を保つのか、ということを図らずも自らの実体験を通して実験せざるを得なかった作者の苦悩は想像すらできないけれどもその意図するところは明確。よくこう言う本を読んで「感動」という人がいるけれども何を読んでいるのかと思う。強いメッセージ性を持った作品。確かに名作と思いますがかわいそうな話を読んで感動したいのならそれは違うと申し上げたい、そういう作品でした。


ISの人質 13カ月の拘束、そして生還 (光文社新書) 

2016年に刊行された作品だけれども最近になって知ったので手にとってみた。イスラム国(IS)には欧米人が多数、そして日本人も拘束され、中には処刑され人達もいた。特に首を斬られて殺される動画が公開された米国人ジャーナリストのジェームズ・フォーリーという人がいたが彼と同じ時期に拘束されて時に同じ施設に閉じ込められていたデンマーク人について書かれた作品。自己責任の議論が日本でもあったけれど本作品で取り上げられているデンマーク人もそうで、元々はデンマーク代表の体操選手だったのが靭帯損傷で体操の道を閉ざされ、好きなカメラの道に進もうとしてろくに中東や紛争の知識もなく言わば無邪気にシリアに出かけてしまい国境を越えた翌日には武装組織に拘束されてしまう。本作品の凄いところは拘束されている状態の悲惨さとともに残された家族がいかに武装組織にコンタクトし交渉を行い結果、どのようにして借金と募金で身代金を作りそれを支払って人質を取り戻したのか、を克明に描いているところ。理不尽な暴力に晒される人質の悲惨さはいうまでもないのだけれど正体が分からない連中から法外な身代金を要求され、その道のプロフェッショナルに依頼し解放の交渉と集金を行う家族の対応についてはこれまであまり描かれてこなかったと思うのだけれどこんな苦しいことになるのか、という印象。ちなみに同じ欧米人でもその当時はフランスやスペインは国が身代金を払ってくれる、ドイツやデンマークは国は基本的にノータッチだけど家族が身代金を払う事については支援する、アメリカ、イギリスは国はもとより家族であってもテロ支援になるので身代金を支払うことすらできない、という違いがありそれが人質の待遇にも反映されてしまうといったところも分かって非常に興味深かった。楽しい作品ではないけれども一読に値する作品かと思います。


魚食の人類史: 出アフリカから日本列島へ (NHK BOOKS) 

なぜ霊長類の中でもホモ・サピエンスだけが積極的に魚を食べるのか、という帯に惹かれて手にとってみた。
学者さんの作品らしく最初は読みにくいな、と思ったのだけど…なんというかくどいんだよね。「積極的に」というところがミソで例えば干上がった池で魚を拾って食べる猿は確かにいるのだけど…みたいなのが続くとちょっとめんどくさくなるんだけどそこを抜けるとかなり興味深い言説が現れる。屈強で身体能力も知力も高かったネアンデルタール人と比べて非力なホモ・サピエンスは水際に追いやられやむなく魚を獲って食べ始めたところから発展が始まったのではないか、という話。発掘された人類の歯型から何を食べていたのかを推測したりするのだけど側面的に補強する検証の過程が楽しい。例えば農耕はメソポタミア地方で穀物の栽培から始まった、という定説に対して、いきなり穀物はハードルが高い、例えば稲作は苗床を作ったり収穫しても脱穀したりなんやかんやと手がかかるのだけど、作者はアジアで魚食から始まって水際でタロイモのようなものを栽培するところから始まってそこから同じく水辺に生えていたイネを育て始めたのが農耕の始まりではないかという提起をする。面白いのは、というと不謹慎だけど太平洋戦争中に孤立した日本軍の手記からも、例えば最初はバナナを発見してそればかり食べているのだがカリウム摂取過多で体調を崩して他の食糧を探す中で原始的な釣り竿を作ってみると慣れていない魚が餌をつけなくてもたくさん採れた、とかそういう話も引用して説を補強していくところなどが興味深い。そもそも脳が大きくなったのもEPA/DHAの摂取が効いているのでは等々、非常に興味深かった。もう少し読みやすくするとよいのに、という印象。


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