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NY駐在員報告  「NII/GII(その2)」 1995年8月

 先月に引続き、NII/GIIについて報告する。

インタラクティブTVとVOD、VDT

 NII/GIIを巡る米国の民間企業の主要な動きは、大きくビデオ・オン・デマンド(VOD)やビデオ・ダイヤル・トーン(VDT)に代表されるインタラクティブTVネットワークに関するものと、インターネットや商用BBSなどのコンピュータネットワークに関するものに分けられる。コンピュータネットワークに関する動きは、次回以降で報告することにして、ここではインタラクティブTVに関する民間企業の動きを中心に見てみよう。

 ところで、インタラクティブTVとは何だろうか。「インタラクティブTV」(橋本典明監修、工業調査会)では、次のよ うに3つに分類されている。

1. リアクション・アンサー型 テレビ番組の中でショッピング、アンケートなどの答えを「イエス」「ノー」で、上りケーブル回線を使って送り返すスタイル。現在日本でも、CATVなどで一部実施している。

2.リクエスト型
 映画や文字の情報、ニュースなど、見たい物を見たい時に注文するスタイル。情報を蓄積しているセンターから受け取ることができる。これはアメリカのケーブルネットワークでの本格実験が計画されている。

3. コミュニケーション型
 放送局の側で用意した情報の中から受け取るのではなく、そのシステムでコミュニケーションを行なうネットワーク。ここでは発信と受信が同等、あるいはいままでの受信側が、重要な役割を担うことになるシステム。完全双方向型とでも称するもの。このスタイルはこれまでほとんど実施はされていない。

 ここに書かれているように、現在、米国で実験が行われているインタラクティブTVのほとんどは「リクエスト型」であり、これをVOD (Video On Demand) と呼んでいる。この場合の「Video」は、テレビで流されているあらゆる番組を指しているが、特にニュースだけを取り出したインタラクティブ・サービス を「News On Demand」と呼ぶこともある。

 なお、VDT (Video Dial Tone) は、電話会社が行うインタラクティブTVネットワークのことである。VDTには従来の電話線を利用する方式もないわけではないが、多くは光ファイバーと同軸ケーブルのハイブリッドシステムであり、CATV企業のVODと特に異なるものではない。

CATV企業の動向

 さて、NII/GIIをめぐって米国では多くの企業が様々な活動を繰り広げているが、中でも最も活動的なのは「パイプライン産業」と呼ばれる電気通信・CATV産業である。特にCATV企業は、既に大量の情報を家庭やオフィスに届けることができるネットワークを保有していることから、他の業界を一歩リードしていると見られている。衆知のとおり、米国におけるCATV普及率は、一般家庭で6割を超えている。また残る4割弱の家庭もその半分は家のすぐ近くまでケーブルがきており、すぐにでもCATVを引き込める環境にある。CATVの家庭への引込線は同軸ケーブルを利用しているが、大手のCATV企業の幹線は光ファイバー化されている。CATV業界が光ファイバー網の敷設を始めたのは82年で、設備が老朽化していると噂されているTCI社でも96年末には、基幹回線の光ファイバー化を終える予定である。この光ファイバー化は基幹回線から徐々に末端へ拡張されると見られている。

 CATV企業の強みは、既存のパイプだけではない。既に映像業者としてペイ・パー・ビュー(視聴した番組単位で課金する仕組み)の経験を持っていることは、情報スーパーハイウェイの運営に有利に働くだろう。
 CATV企業の問題は、その知名度と資金力である。TCI社やタイムワーナー社を除けば、RBOCs(ベル系の地域電話会社)に比べて知名度が低い上に、法律によってFCC(連邦通信委員会)の料金規制を受けているため、比較的財務体質が脆弱で、外部からの資金獲得も難しい状況にある。

 複数の地域でCATVの運営を行っているCATV企業をMSO (Multiple System Operator) と呼ぶが、こうした状況の中で、TCI社やタイムワーナー社などの大手MSOは、中堅CATV企業を買収し、スケールメリットを活かして次世代への基盤作りを進めている。例えば、94年から95年前半までのCATV関係大型買収を挙げると、業界第4位のコムキャスト社によるロジャー・コミュニケーション社の買収、第2位のタイム・ワーナー社によるサミット社、ケーブルコム社、ケーブルビジョン社の買収、第1位のTCI社によるバイアコム社のCATV部門及 びテレ・ケーブル社の買収などが挙げられる。

 CATV関連企業によるインタラクティブTV実験で最も有名なものは、タイムワーナー・エンターテイメント社が中心となってフロリダ州オーランド郊外で行っているフル・サービス・ネットワーク(FSN)だろう。当初の計画よりかなり遅れ、94年12月14日に実験を開始したのだが、それ以来、世界中から数多くの見学者が集まってきている。当初5世帯でスタートしたために、一部では失望の声が聞こえたが、現在も着々と実験を進めており、新聞情報によれば利用者数は50世帯程度まで増えている。

 このタイムワーナー・エンターテイメント社の親会社のタイム・ワーナー社は95年4月、シリコングラフィック社と AT&Tネットワーク・システムズ社が94年6月に設立したインタラクティブ・デジタル・ソリューションズ(IDS)社に出資することを決定し た。このIDS社は95年5月、インタラクティブTVサービス用の設計・運営用システム「インタラクティブ・コミュニティ・ソフトウェア」を発表してい る。

 実は、このシリコングラフィック社とAT&Tネットワーク・システムズ社の両社は、FSNのシステムを実際に構築した主要企業なのである。シリコングラフィック社はFNSのシステムソフト及び「カルーセル・ナビゲーター」と呼ばれるサービスを選択する視聴者側のソフト、ビデオ・オン・デマンドとインタラクティブ・ゲームのアプリケーション・ソフトを開発しており、AT&Tネットワーク・システムズ社は高速のATM交換機を提供している。つまり、IDS社が開発したインタラクティブTV用のシステムは、FSN用にシリコングラフィック社などが開発したソフトを統合したものなのである。

 CATV最大手のTCI社も、半年前のレポートで報告したとおり、マイクロソフト社と協力してシアトルで実験を行うなど、着々とインタラクティブTVのノウハウを蓄積している。話はコンピュータネットワークがらみになるが、最近では、シリコンバレーのベンチャー・キャピ タリストの出資を得て、CATV用の同軸ケーブルを用いてコンピュータネットワークに接続するサービスを提供する「@home」の設立を発表している。同種のサービスは、すでに94年に商用インターネット大手のPSI社とコンチネンタル・ケーブルビジョン社が始めて以来、多くのCATV会社がサービスを発表しているが、CATV業界最大の企業が参入することによって、ケーブルを利用したコンピュータ・ネットワーク・アクセスが本格的に普及する可能性がでてきた。電話線とモデムによって接続している多くの家庭のユーザが、CATVケーブルによる接続に変更すると、グラフィックの表示や大きなファイルのダウンロードに要する時間を大幅に短縮できる。なお、TCI社は、オンライン・サービス事業への関心を高めており、すでにマイクロソフト社が開始するマイクロソフト・ネットワークに1億2500万ドル(株式の20%)の出資も決定している。

地域電話会社の動向

 地域電話会社の中でも、RBOCs (Regional Bell Operation Companies) と呼ばれるベル系の7つの地域電話会社は、かなりの地区で域内電話をほぼ独占している状態であり、企業経営は安定しており、新規事業に乗り出すために必要な資金力も持っている。域内電話市場のシェアをみると、この7つの電話会社で全体の78%を占めており、残る22%の市場を約1300の独立系電話会社が分け合っていることになる(米国にはきわめて零細な地域電話会社が存在している)。

 RBOCsが関与しているプロジェクトをいくつか見てみよう。

 まずニューヨーク州とニューイングランドをカバーしているナイネックス社は、95年1月から、ニューヨーク市マンハッタン内の世帯を対象にしたVDT実験を行っており、つい先頃実験を終了した。この実験はアパートに光ファイバーを張って行われたが、番組の伝送はアナログ技術で行われ、映画、ニュース、スポーツ番組などが1ドルから3.5ドルで提供された。ナイネックス社はデジタル技術を用いたVDTの実験を96年に行う予定にしている。なお、ボストン地区3万3000世帯、ロードアイランド州6万世帯を対象としたVDT実験は、当初95年末までに開始する予定であったが、現在のところネットワークの構築はまだ始まっていないようだ。

 ニュージャージー州やペンシルバニア州など東部6州をカバーするベル・アトランティック社は95年4月、突然、FCC(連邦通信委員会)に提出していたVDT用のネットワーク構築の申請を撤回して関係者を驚かせたが、これは計画をまったく中断するものではなく、従来の計画より光ファイバーを多く用いたネットワークの構築を進めるための方針変更によるものであった。計画変更の理由は旧計画に必要な技術開発が予定より1年以上遅れており、機能・容量の限られた時代遅れのネットワークを構築するより、光ファイバーの利用を多くして、より進んだネットワークを構築して実験を行った方がメリットが大きいと判断したためだと言われている。ベル・アトランティック社は既にバージニア州やニュージャージー州の一部地区でのVDT サービスの運営許可を得ており、他の地域でも申請中である。これらのVDT計画には、10年間で110億ドルが投資される計画になっている。また、ベル・アトランティック社は95年6月ニュージャージー州ユニオンシティで実施しているインタラクティブ遠隔教育プロジェクトの実施期間を2年間延長すると発表 している。この実験は93年から行われているもので、7年生とその教師全員の家庭と教室にパソコンを設置してネットワークで接続し、電子メールやグラ フィックなどの転送、情報検索が可能になっている。

 カリフォルニア州とネバダ州をカバーするパシフィック・ベル社のVDT計画は、95年7月にFCCの承認を得たばかりである。この計画は93年12月に提出されていたもので、光ファイバーと同軸ケーブルによるハイブリッド・システムを採用する計画となっている。95年後半からベイエリア南部で実験が始まり、96年中ごろには本格的なインタラクティブ・サービスが提供され、最終的にはカリフォルニア州の130万世帯への提供が見込まれている。サービス内容は、映画、ニュース、ビデオ・ゲーム、コミュニティ情報などのオン・デマンド・サービスやインターネットへの高速アクセスなどが予定されている。

 この他、USウエスト社は、FSNを実施しているタイムワーナー・エンターテイメント社の株主であり、デンバーではTCI社及びAT&T社と協力してVCTV (Viewer Controlled Cable TV) の実験を行っている。またネブラスカ州オマハでは当初1500世帯、最終的には7500世帯を対象にインタラクティブTVの実験を行うことにしている。中西部のアメリテック社は、イリノイ州のナピアビルとミシガン州のトロイでホーム・ショッピングとビデオ・サービスの実験を行っている他、96年末までにシカゴ、クリーブランド、コロンバス、デトロイト、インディアナポリス、ミルウォーキーの120万世帯でVDTサービスの提供を予定しており、10年以内に域内の600万世帯にこのサービスを拡大する計画だと言われている。また、ベルサウス社は、フロリダ州を含む南東部9州を対象にインタラクティブTVネットワークの構築を進める予定で、95年末にはアトランタ郊外のシャンブリーで1万2000世帯を対象に実験を開始する予定になっている。同様にテキサス州など5州をカバーしているSBC社(サウスウェスタン・ベル社)は、ダラス地区で4万7000世帯を対象にホーム・ショッピング、遠隔教育プログラム、ネットワーク・ゲーム等の各種インタラクティブ・サービスを提供するプロジェクトを進めている。

 独立系の地域電話会社の中にもRBOCsに匹敵する規模の会社がある。GTE社は、地域電話会社の中で4番目に大きく、RBOCsのナイネックス社やUSウェスト社より大きい(ちなみに、ハワイ州の域内電話はこのGTE社の子会社がほぼ地域独占している)。このGTE社のVDTネットワークの構築を、FCCは95年5月に承認した。GTE社はまずカリフォルニア州、フロリダ州、ハワイ州の3つの地区でのネットワークの構築を開始する。GTE社のVDT計画は、光ファイバーと同軸ケーブルを用いるハイブリッド型で最高248チャンネル(デジタル168チャンネル、アナログ80チャンネル)を伝送できるもので、AT&Tネットワーク・システムズ社がシステム・インテグレーターとなり、セット・トップ・ボックスなどはゼネラル・インスツルメント社が供給することになっている。またGTE社は、ウォルト・ディズニー社とアメリテック社、ベルサウス社、サウス・ウエスタンベル社が進めているインタラクティブTV事業への参加を95年8月に明らかにしている。

 しかし、こうした計画はすべてが順調に進んでいる訳ではない。最近、USウェスト社の子会社であるUSウェスト・コミュニケーションズ社はFCC(連邦通信委員会)に提出していたVDTの申請214通を一時取り下げ、FCCに審議を一時中断するように求めた。前述したように、USウェスト社はネブラスカ州オマハでVDTの市場実験を予定しているが、料金体系の承認に時間がかかり、実施が延び延びになっている。同社では申請一時取り下げの理由を、当初の計画に盛り込んだ技術よりより有望な技術が開発されつつあり、オマハの実験の結果をみてVDT事業を見直す予定であると述べている。

 またこうした華やかな計画の裏で、リストラを行っているRBOCsもある。ベル・サウス社は95年5月、急速な通信技術の発達に伴う競争激化に対応するために、今後2年間で9000人から11000人の人員削減を行うことを発表した。同社は既に1万人の人員削減計画を発表し、95年末までに5000人の人員削減を実施している。今回発表された計画はこれに上積みされる形で実施されることになる。

長距離電話会社の動向

 長距離電話会社は、その技術力を考えると最も情報スーパーハイウェイの構築に適した企業と言える。すでにほとんどの回線はデジタル化されているし(AT&T社は91年までにデジタル化を終了している)、ネットワークのほとんどが光ファイバーである。問題は、家庭や企業へのパイプを規制によって地域電話会社に頼っていることにある。また、利用者が支払う電話料金のうち半分弱が、長距離電話料として長距離電話会社に支払われているが、その45%程度をアクセスチャージとして地域電話会社に支払っているため、結局、長距離電話会社の収入は、電話料金の3割以下となってしまう点も見逃せない。

 とは言え、AT&T社は特別な存在である。電気通信事業の収入だけで約400億ドル(長距離電話会社第2位のMCI社の収入は120億ドル程度)、110万回線の光ファイバー網を持ち、B-ISDN、ATM交換機、フレーム・リレー、ビデオ・ファイル・サーバー、デスクトップ・ビデオ、インタラクティブ・ゲームなどの開発を通じて、情報スーパーハイウェイ構築に必要な技術力を確実に蓄積している。特にAT&Tの子会社であるAT&Tネットワーク・システムズ社は、多くのインタラクティブTVプロジェクトに関与している。すでに紹介した フロリダ州オーランド郊外のFSNでは最大20ギガbpsの処理能力をもつATM交換機を納入しているし、TCI社と協力してデンバーでVCTV (Viewer Controlled Cable TV) の実験も行っている。

 長距離通信会社第3位のスプリント社は、子会社のCTT (Carolina Telephone & Telegram) 社を使って、95年秋からインタラクティブTV実験「アドバンテージ・ケーブル・テレビ」を実施する予定である。このプロジェクトはMPEG1対応のシステムとなっているが、将来的はMPEG2への移行も計画されている。

 また、これはインタラクティブTVプロジェクトではないが、AT&T社はゼロックス社と組んで、需要に応じて遠隔地に本の情報をまるごと転送し、そこで印刷製本する市場実験を開始すると発表している。この実験ではAT&T社のNDP (Network Demand Printing) サービスとゼロックス社のXDPOD (Xerox Distributed Print On Demand) 技術が用いられる。

セット・トップ・ボックス(STB)

 インタラクティブTVが普及する鍵を握っているのがセット・トップ・ボックス(STB)である。現在のSTB、つまりインタラクティブTV用ではなく、通常のCATV用のSTBの市場は、ゼネラル・インスツルメント社が約50%のシェアを握っており、サイエンティフィック・アトランタ社、パイオニア、ゼニス社が続いている。しかし、インタラクティブTV用のSTBをめぐる争いはまだ始まったばかりだ。インタラクティブTV用のSTBは、従来のSTBとは大幅に異なる。強力なMPUが搭載されているだけでなく、MPEG信号の復号機能、3Dゲーム用に3Dグラフィック機能、ステレオ・サウンド機能などを備えていなければならない。したがって、インタラクティブTV用のSTB市場はまったく新しい市場と考えられており、それだけに厳しい参入競争が続いている。既存のSTBメーカの他に、モトローラ社(Power PCを搭載したSTBを開発)、ヒューレット・パッカード社(OSにマイクロソフト社のタイガーを使用)、アップル・コンピュータ社(OSはMacOSを ベースにしている)などもこの市場に参入しようとしている。

 高機能であるだけに、価格も問題になっている。タイム・ワーナー社がフロリダ州でおこなっているフル・サービス・ネットワーク(FNS)に用いられているサイエンティフィック・アトランタ社のSTBは1台5000ドルと言われているが、インタラクティブTVが普及するためには300ドル以下にする必要があると言われている。ブリティッシュ・テレコム社がインタラクティブTV実験に採用したアップル社のSTBは300ドル台の廉価なものであったが、極めて機能が限定されていたらしい。

 このSTBのオペレーティング・システム(OS)には、業界標準はなく、現在のところ、最も有力だと言われているのが 従業員200名たらずのマイクロウェア社が開発したDAVID (Digital Audio/Video Interactive Decoder) である。95年5月には、インタラクティブTV用STBを開発しているゼネラル・インスツルメント社が、STB用OSとしてDAVIDを採用すると発表している。DAVIDは「OS-9」というモトローラ社の68000系のMPUでもインテル社のx86系のMPUでも、Power PCでも動作するOSをベースに開発されており、回線は同軸ケーブル、電話線、無線を問わず利用でき、少ないメモリー容量で柔軟性の高いインタラクティブ機能を持っている。パシフィック・テレシス社とベル・アトランティック社、ナイネックス社が、機器の共同購入によるコスト削減を目的に設立したコンソーシアムは約400万台のSTBの購入を計画しているが、このコンソーシアムが95年春に発表した仕様で、DAVIDを製品例として挙げたため、DAVIDを搭載した製品が受注する可能性が高まっていると言われている。

 ちなみに、ソフトウェア界の帝王ビル・ゲイツ氏が率いるマイクロソフト社もSTB用OSの開発を進めているが、インテル社及びゼネラル・インスツルメント(GI)社と共に進めてきたSTBの開発は94年に中止されている。しかし、マイクロソフト社は同市場からの撤退は考えておらず、95年後半にシアトル、テキサス、日本でインタラクティブTV用OSの実証実験を開始する計画を持っている。

 アップル・コンピュータ社のインタラクティブTV用STBのOSは、MacOSをベースにして開発されたものである。 アップル社は、このSTB用OSの実証実験のために95年5月、インタラクティブTVに関する3つのプロジェクトに参加すると発表した。第1はライトスパ ン・パートナーシップが6つの州で進めている4〜12歳の子供を対象にした遠隔教育のプロジェクト。第2のプロジェクトは、nキューブと共同でインタラク ティブTV用アプリケーション開発用パッケージを開発する「nビジョン」計画。これは、nキューブの持つサーバー技術とアップル社のインタラクティブ STB技術を組み合わせて、完全な開発パッケージとしてnキューブが販売を行う計画である。そして、第3はスウェーデン最大の電話会社(CATV事業も 行っている)テリア社が、ストックホルム郊外で行うインタラクティブTV実験である。

 インタラクティブTV用のSTB市場では、しばらく激しい競争が続くと予想される。

アプリケーションとコンテンツ

 言うまでもなく、情報スーパーハイウェイを考える上で一番大切なのことは「どう使うのか、何に利用するのか」である。様々な企業が、ネットワーク上のアプリケーションやコンテンツの開発に乗り出している。

 例えば、米国3大ネットワークの一つであるABCを190億ドルで買収したことで話題をよんだウォルト・ディズニー社 は、RBOCs(地域ベル電話会社)のアメリテック社、ベルサウス社、SBCコミュニケーション社(旧サウスウェスタン・ベル社)と共同で、94年8月の提携に基づいて、インタラクティブサービス用のコンテンツを制作するベンチャー企業を最近設立した。この会社がインタラクティブTV用の番組、ショッピング・チャンネル、ビデオ・ゲームなどを開発し、これをRBOCs各社が自社の営業域内で配給する計画である。

 ホーム・ショッピングの分野では、米国南部と中部を中心に1200店舗をもつ食品小売の大手クロガー社の例がよいだろう。クロガー社は95年中に、テキサス州デイトンで約200世帯を対象に実験中のITネットワーク社のインターラクティブTV上で、同社が扱う商品の販売と宅配サービスを開始すると発表している。クロガー社のシステムは次のような仕組みになっている。まず、ユーザはZIPコード(米国の郵便番号)を入力すると最寄りのクロガー店に接続され、店の在庫を見ることができ、画面で必要なものを注文することができる。商品の価格は店頭の価格と同じだが、配達はショッパーズ・エキスプレス社によって行われるため、配達料として7.95ドルが加算される。このサービスを一度利用すると、卵、牛乳、オレンジジュースといったその家庭が頻繁に購入する品目が注文リストに登録され、ユーザはこのリストから不要な品目を削除し、必要な商品を加えるだけで簡単に注文ができる仕組みになっている。このインタラクティブTVでは、もちろんニュース、天気予報、スポーツ、エンタテイメント、番組ガイドなどを提供しているが、既に百貨店のJCペニーやグリーティングカードやギフト商品を扱っているホールマーク、花屋の1-800-Flowersがオンラインショッピングサービスを提 供している。

 ホーム・ショッピング用のソフトウェアの開発も進んでいる。Electronic Commerce関係のシステムをつくっているベリフォーンとオンラインショッピング用のソフトメーカーであるブロードビジョンが、95年5月提携を発表 した。この提携の狙いは、ベリフォーンの電子決済用のシステム「POSバーチャル・ターミナル」をブロードビジョンのICMS (Interactive Commerce Management System) に統合しようというもの。ICMSはインタラクティブTV、インターネット、商用BBSのいずれにも対応可能なオンラインショッピング用のシステムで、この提携によって開発されるシステムは、あらゆるネットワークに対応した本格的な電子ショッピングシステムになると見られている。

 この他、医療の分野では、テキサス大学ヘルス・サイエンス・センターが、ネットワーク・コネクション社のチーター・エンタープライズ・ビデオ・サーバー2000とATM-LANを用いて、病理学部の解剖映像などを研修用としてインタラクティブに配信するシステムを構築しているし、映画「ET」やインディ・ジョーンズのシリーズで有名なスティーブン・スピルバーグ氏が会長を務めるスターブライト・ファンデーションが、病院で療養中の子供を対象にしたインタラクティブな娯楽システム「スターブライト・ワールド」を開発している。

標準化の動き

 インタラクティブTV普及の鍵は、システム、とくにSTBの価格やサービスの価格に依存しているが、それ以前の問題として機器やシステムの標準化の問題がある。現在、CATV企業や電話会社などによって様々なインタラクティブTVの実験が行われているが、ほとんどのSTBはその実験専用に設計されており、標準化がなされていない。STBの価格を下げ、インタラクティブTVを普及させようとすれば、この標準化は避けて通れない。ここ最近の業界団体などの動きを列挙しておこう。

 インタラクティブTV関連の8社が、95年5月にダラスで開催されたCATV協会の年次総会でコンソーシアムの設立を発表している。コンソーシアムの名前は「POWER (Partners in Open Wideband Entertainment Resources) アライアンス」で、発足メンバーは、MPEGチップのCキューブ社、セット・トップ・ボックスのサイエンティフィック・アトランタ社、ビデオサーバーのサ イベース社などである。

 VASA (Video and Electronics Standards Association) は95年7月、インタラクティブTV用のデジタルSTBの標準化に乗り出すことを明かにした。現在、このデジタルSTBで想定されているサービスは、通常のデジタル放送、ビデオ・オン・デマンド、ビデオ・ゲーム、ギャンブル、音声電話、ビデオ電話、ビデオ会議、遠隔教育、遠隔医療、情報検索、ホーム・ ショッピング、ホーム・バンキング、アンケート調査などである。

 同じく95年7月、オラクル社が呼びかけてODA (Object Definition Alliance) という異業種団体が発足している。この団体は、インタラクティブTVやエレクトロニック・コマースなどの技術標準が確立されていない分野の標準化促進を目的としており、参加企業は、アップル社、コンパック社、Next社、HBO社、MCI社、サン・マイクロシステムズ社、ゼロックス社、マスターカード社、 VISAインターナショナル社、ウェルス・ファーゴ銀行などである。

最後に

 今回は米国のインタラクティブTV実験を中心に見てきたが、ここで感じるのは、政府が網羅的で大規模かつ長期の計画をつくりがちなのに対して、米国の民間企業はできる範囲で(多くの計画は予定よりはかなり遅れてはいるけれど)着実に実験を行い、ノウハウを蓄積しているという点である。ここには、情報スーパーハイウェイ構築のために税金を使おうとか、国民に一定の負担を強いようというような発想は微塵もない。ユーザが「このくらいなら払ってもいいな」と思うサービスとそれを可能にするシステムを必死で開発しているのだ。

 遠い将来はともかく、近い将来の情報スーパーハイウェイは、今回取り上げたインタラクティブTVネットワークとインターネットの2つのネットワークになるような気がする。もちろんすべての国民がこれを利用するようになるという意味ではない。人によってニーズは異なるし、個人的にはインタラクティブTVにはあまり興味がない、家族は喜ぶかもしれないけれど。

 たぶん、日本の感覚では、現在実験されているインタラクティブTVネットワークやインターネットは「情報スーパーハイウェイ」と呼ばないに違いない。少なくとも「本物」ではないと考えているだろう。しかし、情報スーパーハイウェイは、誰かがある日突然、全国を(あるいは世界を)カバーするネットワークとして構築を始めるものではなく、既存のネットワークが進化し、相互に接続されてできあがるものではないだろうか。もちろん、統合され融合していくネットワークには、既存の電話網や放送網も、コンピュータネットワークも含まれている。だからこそ、米国は1934年電気通信法を抜本的に改正しようとしているのだ。

 本物は一つしかないと思っている日本が「究極のInformation Infrastructure」を捜している間に、米国はまた一歩先に進んでしまうのかもしれない。日本では、情報スーパーハイウェイブームとマルチメディアブームが終わったら、今度はCALSブームだとか、次はエレクトロニック・コマースがブームになるに違いない。「究極のマルチメディア機器」や「究極のCALSシステム」を研究するのも悪くはないが、使える技術でできるところから始めるというアプローチこそ重要である(EDIもやらないでエンタープ ライズ・インテグレーションを研究するのは馬鹿げていると思うのだけれど、よもやそんな企業はありませんよね)。

 ともあれ、米国の(「連邦政府の」ではない)「情報スーパーハイウェイ」構想は、混沌としながらも一歩、一歩進んでい ることは確かである。

(おわり)

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