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不動産の「物件データ」は誰のものか

「そもそも『不動産の物件データ』は誰のものなのか」。これ、とても重要な問いだと思うのであります。

ただ、実のところ誰もなんも考えてない、と思うんですよね。物件情報のデータをどうする云々の話しを見かける度に、「おいおい、ちょっと待て」、と言いたくなります。

今まで何度かこの問いを投げかけてきたのですが、誰も答えてくれないというか、議論も始まらなそう(IT系の人達も皆が見てみぬふり?)なので、今後の議論のきっかけとなるよう、前提となることを少しばかり書き留めておきたいと思います。

何をするにもまず、「そもそも『物件データ』は誰のものなのか」、という所からじっくりと議論する必要があるでしょう。

巷の「レインズの『オープン化』論」の論点を整理してみる

データは誰のものか

近年は、「データの重要性」というのがますます高まっていて、「データ駆動のナンチャラ」というのが政府や企業でも言われるようになっています。

そこで問われるのはやはり「データは誰のものか」です。

カルテに書かれた医療情報は誰のものかという議論がある。書いた医者のものか、受診した患者のものか。この問い自体がナンセンスだ。医者のものであり、かつ患者のもので問題ない。大切なのは誰が主体として管理し、どういった条件で誰がアクセスできるかだ。

また、現在の個人情報の扱いでは、同意さえ得れば好き勝手にデータが使えるという誤解が蔓延している点も課題だ。

APPA(社会的合意に基づく公益目的のデータアクセス)は、「社会的同意」つまり、民主的な過程を経て人々のコンセンサスがまず一番のポイントになる。形式的な同意を個々人にとるのではなく、プライバシーと人権の保護を前提に、社会的同意のもとで、一定の条件でさまざまなデータを活用できるようにする

「データは誰のもの?」は成り立たない。個人の権利と公共性の両立へ Forbes JAPAN

これ、とても重要なポイントが幾つも含まれています。

(上記のページはたった今見つけたものですが、以前から「(コンセンサスを得る)議論が必要」と書いてきた私の感覚は間違っていなかったと)

ダボス会議などで知られる、世界経済フォーラム(WEF)が1月に発表した「社会的合意に基づく公益目的のデータアクセス(Authorized Public Purpose Access、APPA)」は、プライバシーなどの個人の人権データ収集機関の利益そして公益という社会全体のニーズ、その3つのバランスの追求を提案している。

「データは誰のもの?」は成り立たない。個人の権利と公共性の両立へ Forbes JAPAN

個人情報の扱いやプライバシーにまつわる権利には、近年「忘れられる権利」が認められ、自分の個人データへのアクセスや移転(データポータビリティ権)に関する個人の権利が強化されています。(例:EUが2018年5月に施行した一般データ保護規則)

(フェイスブックが、ケンブリッジ・アナリティカ事件とかでやらかして、5000万人ものユーザーのデータを勝手に第三者に流して云々したりして世界的な問題になったこともありましたからね)

「データは誰のものか」は大前提で、データを活用できるようにしていく上で、「個人情報やプライバシーは守る」という権利保護の意識が近年ますます重要になっていると。

ポイントは、権利保護利益維持公益性、このバランス

そして、「誰が主体として管理し、どういった条件で誰がアクセスできるか」が問われるのだと。

当然ながら、社会的なコンセンサスが得られたとしても、機微な情報が含まれる場合など、大抵のデータは個別に利用条件や利用許諾といった取り決めが必要となるでしょう。

物件データと個人情報

データを扱う際、「個人情報やプライバシーは守る」のが重要な前提である、ということは前述の通りです。

で、不動産の物件情報は個人情報が含まれる、というのは既に度々色々なところで書いてた通りです。

物件の所在地も枝番や部屋番号まで含めてモロに情報を公開しちゃうことになりますので、個人を特定出来てしまうわけで、氏名、住所、成約価格、といった個人情報とされることまでが一般に公開されちゃう事になります。(不動産業者には「守秘義務」があるから扱える)

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「不動産流通業における個人情報保護法の適用の考え方」では、

Q1 物件情報には売り希望者などの氏名が含まれていないが、「個人情報」か。
A 物件情報は「他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることになるもの」に該当し、個人情報である

「不動産業における個人情報保護のあり方に関する研究会」報告

物件データの特殊性

物件データの取り扱いには、前述した個人情報関連の他に、別の法令等の規制が掛かってきます。

法的な話しで言えば、不動産物件の情報を公開して広告する場合、宅地建物取引業法という法律の他に、景表法という法律、およびそれに基づく不動産公正取引協議会の不動産の表示に関する公正競争規約、の遵守が必要です。

スクレイピングした物件データを利用した物件検索サービスは問題ないのか

また、厳密に言えば、インターネットに物件情報を公開して募集する物件情報は「広告」になり、申込が入った時点で募集を取り下げないと「おとり広告」(前述した関連法規の違反)となってしまいます。なので、物件情報はどこに流れてどこに掲載されるのかはすべて把握しておく必要があります。すぐに取り下げ、変更が出来るように。

スクレイピングした物件データを利用した物件検索サービスは問題ないのか

物件情報を2次広告する場合は、「元付け」といって、物件の貸主と媒介契約を結んだ元の不動産業者から許諾をとることになっています。

スクレイピングした物件データを利用した物件検索サービスは問題ないのか

そもそもの話しをすれば、物件は貸主(厳密にはオーナー)のものですから。

スクレイピングした物件データを利用した物件検索サービスは問題ないのか

というものです。

物件データはどのようにして生まれるのか

根本に、貸主(オーナー)と媒介契約を結んだ「元付」と言われる不動産会社がいて、そこが募集元、広告元となるわけです。

つまり、物件データは、元付業者と貸主(オーナー)との合意による成果物である、といえるでしょう。

実態としては、不動産業者が貸主(オーナー)と媒介契約を結んだ上で広告依頼を受けて許諾を得た上で、不動産業者がコストを負担して、みずからひとつひとつ足で集めた不動産に関する情報に専門知識を加味し、宣伝文句などの「ポエム」を追加し、物件データ(広告)とするのです。

(宣伝文句などの「ポエム」=「閑静な住宅街(寂れた町とは言っていない)」・・・みたいな。あと、「最高」というような誤認させる言葉は使っちゃいけない、みたいな細かな規定も存在)

*自分がやっていた頃は、様々な規定を守ると同時に、「物件はオーナーさんのものだということを決して忘れるな」、と絶えず絶えず自分に言い聞かせていましたよ。情報はお預かりしているものだ、ぐらいの勢いでね。

*不動産屋としては、オーナーとの信頼関係にもとづく契約で依頼されて「お預かり」したものをベースにしているので、その物件データが無法規に転載されたり流用されてしまったら問題であり、自分の信用に関わることなので、非常に慎重になります。不動産屋の為というよりか、オーナーの権利保護の為でもあるのです。(にもかからず、巷では「不動産屋が利益の為に使わせないだの隠してる」だのなんだの、無知もいい所です)

レインズの物件データのデータベースは、そうやって、各不動産業者がひとつひとつチマチマ集めた情報をコツコツと登録してメンテしているデータベースであって、不動産業者間の物件情報共有の為に、利用者である不動産業者がお金を払って維持しているわけです。

アットホームやスーモやホームズなどの物件検索サイトの物件データも同様に、広告主である元付業者や、そこと「広告承諾書(広告活動承諾依頼書)」を取り交わした客付け業者が2次広告として、広告掲載費を支払って、物件データを登録しているものとなります。

お前の物件データは俺のモノ?

レインズのオープン化」や「不動産検索サイトのスクレイピング」といった話題では必ずと言ってよいほど、「不動産屋が悪で黒いから物件情報を公開(オープン)にしないんだ」というような「短絡的で斜め上の勘違い」話しをする人達が出てきます

「スクレイピングして物件データをぶっこ抜くのは、レインズがクローズドだから => それがダメなのは不動産屋が悪で黒いから」、みたいな。

これは、レインズの宅建業法による縛りも知らなければ守秘義務と個人情報の事も知らないで(知ろうともせずに)、「不動産屋が悪で黒いからだ」という「陰謀論」を唱える恥ずかしい人達のことではありますが、「物件データは誰のものか」ということもまるで意識していません。

まるで「お前のモノは俺のモノ。寄こさないお前が悪い」と言っているようなものであります。(ジャイアンだっけ?)

そんな理屈では、単に社会に対する憎しみをぶち撒けているだけの話しで、実状の表と裏を詳しく知ろうともしておらず、仕組みを良くしようという建設的なものでもありません。

自由主義の資本主義社会では、「価値あるものには対価を払う」、というのが基本です。「お前のモノは俺のモノ」なら、まるで失敗した共産主義の話しで、誰も価値あるものを生み出そうと努力もしなくなり、社会が衰退します。

物件データを活用していくために

「お前のモノは俺のモノ。寄こさないお前が悪い」みたいな風潮は、基本的な知識不足から来るものであります。

物件データを活用するには、コンセンサスを得て、関連するすべての人が満足して利益を得られるように、まずは実状を踏まえて考えなければなりませんし、ルールも知らなければなりません。

自分としては、法律を含めた現実的なハードルもふまえつつ、イノベーションも阻害したくない(むしろ強烈な推進派)、と思っていて、単に「これもダメ、それもダメ」みたいなことは言いたくありません。ただ「やり方」ってのがあるのだろうと思います。「ルールを破るならまずルールを分かった上で(無意味と思う部分を)破っていく」、じゃないと単に怪我をするだけです。

不動産業という魔界

まずは実状を学んだ上で、事実にもとづく正しい知識と前提をもって議論しましょう、ということです。

日本の「不動産テック企業」は、非不動産業の異業種である、というのは以前書きました。

つまり、米国の「不動産テック企業」は不動産業者なのであります。
(中略)
日本で言う「不動産テック企業」とは根本的に異なります。
(中略)
米国では、日本の「不動産テック企業」のように既存のITガジェットやITサービスを単に不動産会社に売りつけるだけ、というものではなく、自らリスクを取ってITで新たな変革をもたらす不動産事業を展開している、と言えます。

日本と米国、「不動産テック企業」の決定的な違いとは

これだから、日本の「不動産テック」はトンチンカンな話しが多いのです。

とまぁ、ちょっと検索しただけでも、同様の事実誤認やいい加減な話しはわんさか出てきます。なにも、このメディアがどうのという話しではなく、この「不動産テック」界隈がだいたい皆そんな感じなのです。なので、そういうのを前提にしてたりすると、もう話している事も信頼性がゼロなのです。
そんないい加減な理解や事実誤認を前提にして何かをやろうとしても、当然のことのようにやることのポイントがずれてしまうのでしょう。

日本の「不動産テック」の耐えられない軽さ

これではダメです。

以前、下記のような記事を見掛け、見ちゃいけないモノを見てしまった感で、「そっ閉じ」したことがあります。

必ずぶつかるのがLIFULL HOME’S、SUUMO、at homeという超大手の老舗企業3社が流通データをほぼ全部持っている。この辺りがパブリックにならないというのが、結構いろんな不動産テックの企業の成長の壁というか。
(会場苦笑)
各企業のデータなので別にオープンにしなければいけない理由はないと思うんですけれども

問われる、不動産データのオープン化。不動産業界の“開国”はいかにして成し得るか? リビングテック

一体なにを言っているのかと・・・あたりまえの話しだろうに。こんな話しを表に出して載っけてしまって恥ずかしくないのだろうかと、そう感じてしまいます。

「物件データは誰のものか」などという意識の欠片すら感じられません。まるで、アットホームやスーモやホームズが物件データに関して全権を握っているとでも思っているかの言い草です。

例えアットホームやスーモやホームズが物件データに関して全権を持っていたとしても、一体どこの世界で潜在的競合企業にコアコンピテンシーであるものを明け渡さ(オープンにし)なければならない理由があるというのでしょう。

国や行政などの公共のデータベースや、公的機関等が保有しているデータを集めた、いわゆる「ベース・レジストリ」と混同してはいけません。

巷の「レインズの『オープン化』論」の論点を整理してみる

これ、逆の立場で、「あなたの会社が持っているデータを全部オープンにしてください」と言われたら、全部オープンにするんでしょうか。

いやはや・・・、ただただ本当にびっくりするばかりであります。

まともな議論でコンセンサスを得るには、まともな知識が大前提です。

物件データを云々する前に、不動産業者として参入して中の立場になってみるのも良いんじゃないですかね。

多分、下記のようなことに行き着くと思うけれども。

不動産指定流通機構:あらためてレインズの問題を考える
巷の「レインズの『オープン化』論」の論点を整理してみる
不動産業界の諸悪の根源〜「不動産流通推進センター」という天下り団体の問題点まとめ
国交省、「民間企業がレインズより便利なものを作ればいい」 < イヤそういう話しではないでしょ

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