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紀行譚

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土地で出会った物語。
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#紀行文

“おじいさんの生活” 紀行譚 アイルランド タラの丘

“おじいさんの生活” 紀行譚 アイルランド タラの丘

タラの丘はダブリン市街地からバスで1時間と歩いて20分ほどの場所にある。一日の内に四季があるといわれるほどアイルランドは天気が移りやすい。けれどその日は珍しく朝から落ち着いていて、最寄のバス停に到着した頃も薄い雲を通して暖かい日差しが空気を包んでいた。

十数日ほど前、ダブリンでの生活を始めてからは曇天が続き、最高気温を迎える夕方でも肌寒い。うだる暑さの真っ只中だった日本とのギャップに心身ともに面

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“ひとり遊びの少女” 紀行譚 ベトナム ホイアン

“ひとり遊びの少女” 紀行譚 ベトナム ホイアン

ベトナムのホイアン旧市街の南を流れるトゥボン川の夜は、灯籠流しをする手漕ぎ舟のクルーズで賑わい、両岸には飲食店と、屋台が立ち並ぶ。水面には赤や緑や黄色の灯籠の光が浮かんでおり、歩行者天国となる道の頭上には、ひげのように垂れた街路樹の枝に絡ませ吊られたランタンが輝いている。

観光客は欧州系が多く、彼らは屋台に並ぶ食材を物珍しそうに眺め、歩いては立ち止まる。19世紀にフランス領の時代があったからだろ

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“森と水の間” 紀行譚 北海道 支笏湖

“森と水の間” 紀行譚 北海道 支笏湖

夜が明けるには、しばらく時間があった。
到着の余韻がまだ残っていたからだろうか、
客室が今の自身の居場所でないように感じ、
私は暗い支笏湖を一人散策していた。

氷点下に届きそうな空気は張り詰めていて、北極星を見上げている自身の視界に、白い息が過ぎる。風は吹かず、音も聞こえない、目の前の湖はすべてを吸い込んでいるようで、永遠のような時間の中、温もりとは無縁な闇だけがその場に在った。

支笏湖は、洞

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