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「中野重治詩集」の良さについて語らせてくれ

先日の岩波文庫の一括重版でこちらの「中野重治詩集」も重版がかかり、再び書店に並ぶようになりました。

―いや、長かった。お前をどれだけ探したことか。

本の存在を知ってからというもの、方々の書店を探し回りお店の人に尋ねては
「絶版になっちゃってますねぇ...😥」
と残念そうな顔をされ
意を決して向かった神保町では古書の海に溺れて遭難し
この本と相見えることはこの先無いのだろうかと諦めていたところだった。

ありがとう岩波文庫様。いつもお世話になっています。

という訳で、前置きが長くなりましたが「中野重治詩集」について語っていこうと思います。

(Amazonの在庫も復活していました)

1. 中野重治について


彼についてつらつら語るつもりはありません。
私も別に彼について研究していたとかでは無いので。

ただこの詩集に触れるにあたり、
彼がどんな経歴で、どのような考えを持っていたのかこれを知っているだけでもかなり受ける印象は変わると思うので、簡単に紹介します。

福井県坂井市出身。東京帝国大学文学部独文科卒。四高時代に窪川鶴次郎らを知り、短歌や詩や小説を発表するようになる。東大入学後、窪川、堀辰雄らと『驢馬』を創刊、一方でマルクス主義やプロレタリア文学運動に参加し、「ナップ」や「コップ」を結成。この間に多くの作品を発表した。1931年に日本共産党に入ったが、検挙され1934年に転向する。


はい、Wikipedia様々ですね。

・プロレタリア派で共産主義に傾倒していた
・共産党弾圧により検挙され 、投獄されたこともある

これだけ書くとかなり過激な人物である印象を受けますが、
彼の作品にはこの「社会を変えようとする熱意」「そうした自分を見つめる冷静な視線」、そして「弱いものを見守る優しさ」が同在していていると感じています。

次から個人的に好きな詩を紹介していきます。


2.「わかれ」


この詩集の中で個人的に1番感銘を受けた作品。
彼の詩集を探し始めたのも、大学の授業でこれに出会ったことがきっかけです。


あなたのやさしいからだを
わたしは両手に高くさしあげた
あなたはあなたのからだの悲しい重量を知つていますか
それはわたしの両手をつたつて
したたりのようにひびいてきたのです
両手をさしのべ眼をつむつて
わたしはその沁みてゆくのを聞いていたのです
したたりのように沁みてゆくのを


「悲しい重量」が「したたりのように」響き、「沁みてゆく」

無学な上もう研究論文を読み漁れる環境にはないため、この作品の詳しい背景はわかりません。

わからないけど、忘れられない。
言葉のひとつひとつから彼の深い悲しみや喪失感が伝わってくるのです。
''抒情詩人''中野重治の魅力が遺憾無く発揮されている作品だと思います。


3.「垣根にそうて」


全体的に悲しい色を帯びているこの詩集の中で、珍しく(と言っては失礼だが)晴れ晴れとした気分が満ちているのがこちらの作品。


ここから彼へ   郵便屋をとおつて
ひとすじの幸福が虹のようにかかるのが
君   見えないか
これから帰つておれは
さつそく誰かに手ごろな小包を一つ送らねばならぬ


小包を送り届ける少年の姿を見て、自分も誰かに送りたくなった時のこと。

無性に誰かに何かをプレゼントしたくなる時ってあり
ますよね。

―特別な日でもなんでもないけど、なんとなくあなたにあげたかったんです。
自己満足かもしれなくても、それであなたが少しでも喜んでくれたらそれだけで嬉しい。

一つの小包があなたのもとに届くことで、「ひとすじの幸福が虹のようにかかる」というのがなんとも憎い。
こんなの読んだら誰かへのプレゼントを探しに行きたくなってしまうじゃないか。


4.「歌」


おそらく「夜明け前のさよなら」と並んで彼の代表的な作品といえるのではないでしょうか。

おまえは歌うな」というフレーズが印象的なこの作品。
当時は「詩人に批判的」とかなんとかの理由でずいぶん批判されたようです(うろ覚え)

この「歌うな」というのはもちろん彼自身に向けての言葉。


おまえは赤ままの花やとんぼの羽根を歌うな
風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
すべてのひよわなもの
すべてのうそうそとしたもの
すべてのものうげなものを撥き去れ

これまで「たんぼの女」などでよわいものを抒情的に歌ってきた彼が、それらをすべて否定し「歌うな」と言うことは何を意味するのか。

自分への断固たる決意のようにも、無理やり自分に言い聞かせているようにも見え、彼の葛藤がありありと伝わってきます。


5.「十月」


時期的にぴったりなのでシメとして紹介します。

空のすみゆき
鳥のとび
山の柿の実
野の垂り穂

それにもまして
あさあさの
つめたき霧に
肌ふれよ
ほほ  むね  せなか
わきまでも

この小気味好いリズムの中に、秋の情景がぎゅっと濃縮されています。

厚く重かった空はいつの間にか高く澄み渡り、
空気は少しひんやりとしてきて朝なんかは少し肌寒い

今年の十月がどうなるかまだわかりませんが、ここに描かれたような秋が数十年先も変わらずに訪れてくれることを願ってやみません。


6. おわり

いかがでしたでしょうか。
プロレタリア期の文学って好んで読まれる方は少ないだろうし、中野重治といって詩が連想されることも少ないと思います。

ですがここで紹介した以外にもこの詩集にはたくさんの作品が載っていますし、読めばきっと自分の心に何かを残す作品が見つかると思います。

このnoteを読んで少しでも中野重治の詩の良さを知ってくださる人が増えるといいな〜と願うばかりです。

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