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地元から本屋がなくなった

な、なんですと…!?

改札階から地上へ続くエスカレーターに乗っていたら、「○○書店 閉店のお知らせ」が目に飛び込んできた。

○○書店が入居する駅ビルができたのは、わたしが中学1年のとき。

1Fに雑貨屋と服屋が1店舗ずつ、2Fに本屋と飲食店が2件、残り3フロアはフィットネスジム。

駅ビル…と呼ぶにはささやかな規模であるものの、最低限のスーパー、コンビニ、あとはラーメン屋と居酒屋くらいしかない地元には、鮮やかな変化だった。

ここは、新宿も渋谷も10分程の距離で、特急が停まる。恵まれた立地条件は、街そのものの発展する気力を削いでいたのかもしれない。

まっすぐ実家へ向かうつもりだったが、もうひとつエスカレーターをのぼって2Fへ。


ちなみに、1Fの雑貨屋と服屋はだいぶ前に閉店し、今は電鉄系のスーパーになっている。

もともと街にあったスーパーは去年なくなった。現金しか使えなかったけど、野菜が安くて好きだったのに。

本屋の棚は、ところどころスカスカになっていた。

ゆっくり、棚の間を歩いてみる。

べつにエピソードになるような出来事のあった場所じゃない。

ここでお金を稼いだわけでも、恋がはじまるようなこともなかった。

ひとりで来ることばかりだったから、誰かと印象的な会話を交わしたような記憶もない。

地元を離れてひとり暮らしをはじめてからは、足を運ぶことさえ希になっていた。


それでも…

何の気なしに手に取った小説が面白くて、気付けばその場で30ページ以上も立ち読みしたこと。

『ハリー・ポッター』の最終巻、日本語訳が待ちきれなくて、ろくに読めもしない原語版を発売日に買ったこと。(chapter1で挫折した。)

学校帰りに買った漫画を、帰宅後着替えもせずに一気読みして、顔面が洪水になるほど泣いたこと。

お洒落への引け目から色つきリップの1本すら持っていなかったわたしが、大学入学を前に、はじめてメイク雑誌を買ったこと。

就活の面接前、悪あがきで、志望業界に関連するビジネス書を読み漁ったこと。

20代はじめ。彼氏いない歴=年齢の記録更新を続けるなか、”モテテク”や”引き寄せ”系の書籍を気にしつつ、最寄りの本屋で手に取る勇気は出なかったこと。

社会人。小説や漫画を読む時間が減り、お金勘定にもシビアになって前のようにポンと本を買えず、それでも何か手にしたくて、ただグルグルと棚の間をまわっていたこと。

本屋で過ごす時間と、そこから持ち帰る本、漫画、雑誌。

それが、駅から家までのわずかな距離にあったということ。

わたしにとって、その意味は、本当に大きかったのだ。


その日、数年ぶりにこの本屋で漫画を1冊購入した。

偶然みつけたそれは、以前SNSをフォローしていて、いつの間にかアカウントを見失ってしまった絵師の商業デビュー作だった。

ある調査によると、2003年から2022年にいたるまで、全国の書店の数は9,000店舗以上減っている。ただし、平均坪数は増加傾向にあるようだ。

数字だけみると、本屋をつくるのにふさわしい場所に、集中して出店しているのかな?という推測が浮かぶ。

その”ふさわしい場所”から、わたしの地元は、漏れたのだろうか。


数か月がたち、本屋の跡にできたのはマツキヨだった。

駅ビルの、エスカレーター横の壁面にならぶテナント看板の中で、ひとつだけ埃を被らずピカピカのイエロー。

とくに用はないけど2Fにのぼってみる。高校生と思われる女の子数名が、真剣なまなざしでリップを選んでいた。

うちひとりが、「これにする!」と言って、弾むような足取りでレジへ向かっていく。

マツキヨは、そこそこ繁盛しそうだ。




このエッセイは、日本仕事百貨が主催する「文章で生きるゼミ」の自由課題として書いたものです。

※全国の書店数の推移については、「出版科学研究所」のデータを参考にしました。


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