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【短編小説】眠れぬ機械に良い夢を

使命にすがりつくしかない機械が眠りにつくのはいつだろうか。

上記の話から緩く繋がっている話です。
男のロマンとアンドロイド。

「レオ!」

 軽やかな呼び声が耳朶を打つ。瓦礫の山の上にいた少年はピタリと動きを止めた。鋭い三白眼が声の主を見据えた。

「なんだお前かよポンコツアンドロイド」
「その呼び方やめてちょうだい。私はちゃんとアンナっていう名前があるわ。前にも言ったでしょレオ」

 少女の柳眉がしかめられる。白いワンピースに肩先くらいのブロンド――植物なき世界で花を売っている珍妙な家庭用アンドロイドだ。今日も手に提げたかごには彼女特製の花が入っている。最もあれを花と呼べるかは疑問だが。

「そうだよレオ。ちゃんと呼んであげなきゃ失礼だよ」

 その少女の脇からひょっこりと顔を出したのは、子猫を思わせるようなふわふわした茶髪の少年だった。レオはあからさまに顔を歪めた。

「へいへい相変わらず紳士な対応だことで。で、お前はまたソイツの手伝いをしてんのかオリバー」
「うん。レオはそんなところで何をしてるの」

 棘が多分に含まれた言葉をあっさり躱し、オリバーは尋ねる。レオは乱暴に頭をかいてぶっきらぼうに答えた。

「あ? んなもんみりゃわかんだろ。宝探しだよ宝探し」

 瓦礫が散乱している街中ではあるが、時おり掘り出し物が見つかるときがあるのだ。路地裏にいる闇商人たちと交換用に持っていくのもよし、自分のメンテナンスに使えそうなものがあれば使うのもよし。この荒廃した世界で生きていくためには必要なことである。

「そうなの? いいのあった?」

 にこにこしながら聞いてくるアンナにレオは首を振った。

「いや今日は駄目だな。そろそろ場所変えようかと思っていたところだ」

 前は結構いいものを見つけたので淡い期待を抱いていたのだが、そう上手くはいかないらしい。一歩を踏みだすと、足元のベニヤ板が苦しそうに軋む。

「じゃあ手伝う? 今日はお客さんもいないし」

 レオはじろりとアンナを見下ろした。吞気なアンドロイドは瞳を輝かせて、こちらの返答を待っている。レオは大きなため息をついて、頭を振った。

「今日はじゃなくて今日もだろ」

わざと「も」を強調してやれば、アンナの目が吊り上がった。

「なっ失礼ね! この前新しいお客さんが買ってくれたもん! そうでしょオリバー」

 ワンピースの裾を握りしめて、小鳥のようにやかましくわめく。それを無視してレオは瓦礫の山から飛び降りた。足に鈍い衝撃が走ったが、気にせずそのまま歩き出す。

「レオ!」
「勝手にすりゃいいだろ。俺は行くからな」

 背後で少女の笑顔が弾ける気配がしたが、レオは一瞥もせずに歩いていった。


「で、何を探せばいいのかしら。あっ、これ花びらに使えそう」

 巨大なコンクリートの一枚板ならまだしも大小さまざまな欠片が積み重なり、おまけに鉄骨が飛び出しているせいで足元に気をつけなければ怪我をしてしまう。自分は半分機械とはいえ、半分は生身。アンナについてきたオリバーにいたってはただの少年だ。唯一、この場で能天気に歩けるのは特殊な金属で造られた身体をもつアンドロイドの少女だけである。
 ゴミ山の中で歌うようにアンナは舞う。不安定な足場は、踏みこむ度にぐらぐらと視界を揺らすというのに元気なことである。

「結局お前は手伝いじゃなくて自分のやりたいことやっているだけじゃねえか」
「違うわよ。レオがちゃんと説明してくれないからでしょ! 言ってくれれば探すもの」

 頬を膨らませるアンナは設定された年齢よりもずっと幼くみえる。これが自分よりも長い時を生きているというのだから驚きだ。もっとも彼女曰く、記録するメモリが壊れているらしいので正確な年数はわからないが。

「アンナ、例えばこういうのを見つければいいと思うよ」

 ポンコツアンドロイドよりもずっと真面目に探っていたオリバーが手のひらを差し出した。その小さな手の中には壊れてはいるが、精密機械の回路が乗っている。少し修理すれば裏路地の親父が買い取ってくれるだろう。

「へえ、いいもん見つけたな」

 掴み取ろうとすると、さっと手を引っこめられる。みるみるうちにレオの眉間に皺がよった。

「あ? どういうことだオリバー」
「アンナがまたみるかもしれないでしょ。それにレオは放っておいたらすぐ換金しに行きそうじゃん」
「そんなことしねえよ」

 それでもオリバーが渡す気配はない。それどころかアンナに近寄り、一緒に探さないかと誘いをかける始末。相変わらず癪に障る野郎だ。何かやり返してやろうとレオが足を上げたそのときだった。

「標的ヲハッケン。攻撃ヲ……ザザ……開始シマス」

 瓦礫の中から何かが起き上がった。顔を覆う滑らかなフェイスカバーは半分はがれ落ち、おどろおどろしい鋼の部分が剝き出しになっている。片腕は肩から千切れて回線が飛び出し、覗く青い目玉は不規則に点滅している。残った片方の腕には三分の一しか刀身が残っていない剣が握りしめられていた。

「戦闘用、アンドロイド……」

 呆然とオリバーが呟いた。先の大戦で使われた命なき兵器。終戦後、そのほとんどは処分されたが、運悪く取り残されたものが眠っていたようだ。

「まって! 私たちは敵じゃないわ。交戦の意図なし。交戦の意図なし。武装解除を申請。……だめ。何も応答してくれないわ」

 前に飛び出したのはアンナだ。両手を広げ、必死に通信をとろうとするが、戦闘用アンドロイドはぎこちなく関節を跳ねさせるだけで、止まる気配がみえない。

「おいポンコツアンドロイド。やめろ。もうコイツはいかれてやがる」

 レオがアンナの肩を押しのけた。
 回線が既に切れているのだ。安全装置や認識機能のほとんども壊れてしまっているのだろう。もはや何を守り、何と戦ってきたのかすらわからなくなっているはずだ。目の前の機械はただ己に与えられた役割を果たそうとこの世にしがみつく生きる屍であった。

「敵ヲ排除。ハ、排除。ハイジョ……ザザ……ハイジョ……」
「で、でも……」

 澄んだ青に透明なオイルの膜が張る。だがそれに心を動かされている場合ではないのだ。

「お前の身体は頑丈だが、相手を破壊するようにはプログラミングされてねえはずだ。たとえそれが命なきアンドロイドだとしてもな。だからお前は邪魔だ。引っこんでろ」

 こうしている間にも遺物は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
 あと少しで間合いに入る――そのときレオが跳躍した。
 肩を蹴り飛ばし、剣をもつ腕はもう片方の足で押さえつける。元々バランスの悪い身体はあっさり地面に倒れ伏した。ギチギチと金属の擦れる耳障りな音が響くが、レオは無言で腕に仕込んだ銃口を開いた。

「レオ!」

 背後から悲痛な声が飛ぶ。エネルギーがどんどん右腕に集まっていく。出力を上げる、特徴的な高温が鳴り響いた。青白い光が手のひらに集まっていく。それを見つめる機械の目は、何の感情も映してはいなかった。
 轟音が地を揺らし、瓦礫の山の一角が崩れ落ちる。巻きこまれないようアンナはオリバーを抱えて後ろに飛びのくしかなかった。土埃が晴れたとき、立っていた人影は一つ。

「レオ大丈夫?」

 恐る恐る顔を出した二人に、レオは目つきの悪い三白眼をさらに鋭くしながら鼻を鳴らした。

「燃料を大量に食っちまったことを除けばな。ったく燃料補給もしなくちゃなんねえじゃねえか。余計な仕事が一つ増えたぜ」

 盛大な舌打ちをしながら手招きをする。二人が周囲を警戒しながら降りてくる間、レオは足元に転がる亡骸を眺めていた。頭は木端微塵に吹き飛び、胸に埋めこまれたコアも原型をとどめていない。活動は完全に停止したとみていいだろう。
 兵器の身体は傷だらけで、細かいものも合わせれば傷のないところなどどこにもないようだった。数歩離れた場所に目玉を構成していたフィルムのひと欠片が落ちていた。どこか安らいだそれに、心の中だけで手を合わせる。

「レオ! 本当に怪我とかしていないのね?」
「してねえよ。それよりちゃんと活動停止したか確認しろ。あれを食らって立てるとは思っちゃいないが、一応な」

 アンナは何か言いたげな顔をしたものの、地に伏せた骸の脇にしゃがみこんだ。碧眼に白い横線が入り、上下に動いた。

「……信号なし。活動を認める電波なし。損傷の大きさから完全な活動停止を確認。うん、ちゃんととまったみたい」

 アンナは肘から先がわずかな配線しか残っていない腕を胸の上にのせてやり、そこにかごの中の花を一輪添えた。ボロボロの身体を優しくひと撫でする。

「おやすみなさい。よい夢を」

 あまりに穏やかな笑みであった。レオもオリバーも何も言えなかった。気まずい沈黙が場を支配する。それはアンナが腰を上げるまで続いた。

「ありがとうレオ」
「あ? 何が?」
「彼を眠らせてくれて」

 静かで、妙に落ち着かない顔だと思った。これならばいつものように感情をあらわにして、騒いでくれたほうがよっぽどいい。
 言葉を探したが、頭は錆びついたように動かず憎まれ口の一つすら出てこない。胸にくすぶるもやは不快で、結局レオは当たり障りのない台詞を吐き捨てた。

「俺は俺ができることをしただけだ。じゃ、俺は燃料も探しにいかなきゃならなくなったんでな。先に行くわ」

 ひらひらと手を振って歩き出したレオは、しかし左手首を強く掴まれたために、そこにとどまらざるを得なくなった。

「おい何のつもりだてめえ」
「待って。手伝いも終わってないし、私のせいで迷惑かけちゃったようなものでしょ。今日は最後まで付き合うわ」
「別にいい。もう帰れよお前ら」

 それでも真っ直ぐな美空色は揺るがない。最終的にレオが折れる形で、三人は彼が懇意にしているオイルスタンドに向かうことになった。

「ところでレオ、腕にそんなの仕込んでたの?」
「あっ、たしかにそれ気になっていたのよ。威力は強いけど、どうみても非効率的だと思うの。もっと小ぶりのものにすれば負担も減るし、もっと新しい型のもあったはずよ」

 二対の瞳がじいとレオを見つめる。正確にいえば、機械で改造された右腕に注目している。

「はあ、大層な理由はねえよ。コイツがありゃ大抵のもんは何とかなるからな。あと新型は形が気に食わねえ」
「造形よりも効率を重視すべきじゃないかしら。命がかかっているんでしょう?」

 意味が分からないと言わんばかりに眉がひそめられる。レオはやれやれと首を振った。

「わかってねえな。効率のためにかっこ悪いもんつけるよりも、少しくらい不便だろうがかっこいいもんつけたくなるだろうが」
「ちょっと何言っているかわからないわ」

 しかしアンナは心底理解できないのか奇妙なものをみる目でこちらを凝視するだけだ。レオは大きく肩をすくめた。

「はあこれだからポンコツアンドロイドは……。男のロマンってもんがわからないのかよ。お前はわかるよなオリバー?」

 突然話を振られたオリバーはぎょっと目をむいたが、おずおずと頷いた。

「まあ、気持ちはわからなくもないよ。かっこいいよね。腕に仕込み銃とか」
「だよな。やっぱ憧れるよな」

 珍しく意見が一致した。コイツもやはり男だったか。

「オリバーまで! 何よ男のロマンって!」

 一人だけ除け者にされたアンナは頬を膨らませた。オリバーが必死になだめにかかるが、細い足が地団駄を踏んでいる。

「お前にゃわからねえよ。だってお前の中にインストールされてんのは十代の女子だもんな」
「ちょっと彼女のこと馬鹿にしないでちょうだい!」

 きっと青い瞳がこちらを睨みつける。だがアンナの癇癪など痛くも痒くもない。へいへいとそれを受け流し、レオはコンクリートの破片を飛び越えていく。

「どうしても聞きてえんなら、懇意にしているじいさんのところにでも行くんだな」

 自分の命の恩人であるクソジジイこと鋼の巨匠に人格を埋めこまれた建築補助重機は、高度な検索機能をもっている。聞けばある程度の概要はつかめるかもしれない。もっとも理解できるかどうかは甚だ疑問だが。

「言われなくても聞きにいくわよ!」

 背後でキャンキャン鳴く少女を放置して、レオは慣れ親しんだ道を急いだ。どうせ傍らの紳士ぶった少年が何とかするだろう。
 まったく今日は本当についていない。掘り出し物を探そうと思ったら余計なものはついてくるし、燃料は浪費するし、ネジが抜け落ちた小鳥はうるさい。
 その騒がしさが徐々に己の日常に組みこまれてきていることから目をそらしつつ、少年は歩く。
 その上には本日もよい晴天が広がっていた。

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