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【小説】花より団子、月より兎 七草粥

前作「花より団子、月より兎 雑煮」

の続きです。今回は七草粥。次で終わります。

「約束通りきましたよカナコちゃん!」
「ああ来たの。ちょうどよかったわ。今できたころだったから」

 今日も今日とてよく通る声だ。感心半分呆れ半分でしらたまを一瞥し、佳奈子は机に食器を並べた。
 連日最強寒波だ、最低気温が平年より低いだ、なんだかんだと放送されていたこの街も僅かな小休止が挟まれ、少しは暮らしやすい日々が続いている。

「そういえばアンタよく私のところに来るのは構わないけど、仕事は大丈夫なの? 先輩とか上司に迷惑かけてない?」

 目を向けると、真っ白な月兎はにへらと笑った。
 ……今度ちゃんと仕事をしているのか釘をさしておいた方がいいかもしれない。
 佳奈子の冷たい視線を感じたのか、しらたまは殊更明るい声で話を振ってきた。

「で、何をごちそうしてくれるんですかカナコちゃん」
「まあ大したものじゃないんだけどね」

 置いた茶碗の中には白い粥と色鮮やかな緑。後は味噌汁としらたま用に野菜スティック、自分用にぶりの照り焼きだ。しらたまはさまざまな角度から茶碗を眺めている。

「草、ですか? この緑の」
「そう。七草粥っていうの。アンタ知ってる?」
「知らないです。なんですかこれ」

 しらたまは首を振った。佳奈子は自分の分をよそぎながら説明した。

「七種類の草を刻みこんで作った粥のこと。無病息災を願って七日に食べるのよ。ほら、これならアンタも食べやすいでしょ」

 スプーンで食べられるものなので、箸を使うのが苦手なしらたまでもいけるだろう。色合いもよく兎が好みそうな葉も多く入っている。だがしらたまは顔を曇らせ肩を落とした。

「ええ……粥ですか」
「なによ。なんか文句あるの?」
「いえなにも」

 佳奈子は鼻を鳴らした。恐らく想像以上に貧相で落胆したといったところか。人がせっかく作ってあげたというのにまったく失礼な兎である。

「それ胃腸に優しいし、私は好きよ。スーパーで買ってきたものだから一定の味のクオリティは保証できているしね」
「え、これ丸ごと売っているんですか?」

 しらたまが大きく見開く。佳奈子は頷いた。

「ご飯は自前だけどね。さすがに採りに行く時間はないもの」

 最近は時期になれば店頭に七草粥の素がずらりと並ぶ。いちいち七草すべて取り揃える必要はない。鍋に白飯と素を混ぜ合わせればあっという間に出来上がり。企業の涙ぐましい努力のおかげで忙しい社会人でも季節を感じることができるのだ。ありがたいことである。

「へえ便利ですねえ」
「そうね。ほら席について。食べたくないのなら話は別だけど」
「そんなことあるわけないじゃないですか」

 しらたまは自分の席へとよじ登った。同じタイミングで手を合わせる。いただきますと音程の違う声が揃った。

「たしかにカナコちゃんの言う通り優しい味わいですねえ」

 ひと匙口に含んだしらたまが口元を綻ばせた。佳奈子もスプーンをとる。塩気のきいた粥と草独特の香りが鼻をくすぐる。じっくり煮込んだおかげで嚙まずともそのまま飲めてしまえそうだが、ゆっくり噛むとじんわりとした温かさと共に優しい味が口いっぱいに広がる。仕事始めでこわばった身体が徐々にほぐれていくようであった。

「これ食べるとほっとするのよね。年末年始のバタバタがようやくひと息ついたって感じで」
「たしかにほっとする味わいですね。これはこれでいいのかもしれません」
「アンタのところにはこういうのないの?」
「ないですね。ここみたいにはっきりした四季もないですし」

 言われてみればしらたまが住む場所は灰色の岩石しかないところである。緑もなければ雨も降らない。当然食事などで移ろう季節を愛でる感覚も乏しいのだろう。

「なんか寂しいわねえ。アンタのところ」
「そうでもないですよ。先輩たちはいい人たちばっかりですし、たしかに地球の鮮やかさに比べれば殺風景ですけど、やっぱり久しぶりに目にすると帰ってきたって感じがしますからね。星もきれいですし。あと餅つきのときに火照った身体を冷ますのにちょうどいいので」
「へえそういうもんなんだ」

 意外と月からの光景も魅力的なのかもしれない。冷たい岩石だらけの地面から星々を見上げるしらたまの背を思い浮かべて、佳奈子は微笑んだ。

「じゃあカナコちゃんそれください」
「どれ?」

 スプーンが指し示す先は佳奈子のぶり照りである。たちまち佳奈子の顔が曇った。

「アンタには野菜スティックがあるでしょ。これは私の」
「いやです。僕も食べたいですそれ」

 さっと皿を自分のほうに引き寄せる。脂ののったぶりを身がぱさつかないよう注意深くふっくら焼き上げた一品なのだ。しかも今日の出来は今までで五指に入るほどの出来である。
 白い皿に目を落とした。甘辛いたれをまとったぶりは艶を帯びて光り輝いている。魚の身の壁を一筋たれがつたっていった。

「いや。絶対いや」
「いいじゃないですか一口くらい」

 長い攻防の末、しらたまが一口得る権利を勝ち取った。本当にしらたまの小さな口基準に合わせた一口サイズを渋々口元にまで持っていってやる。

「おお、これもなかなかいけますね!」
「そりゃそうでしょうよ。今が旬だもの」
「カナコちゃん」

 じっと上目遣いで見上げてくる兎から目を逸らし、佳奈子は残りのぶりを口の中に放りこんだ。

「ええ!? カナコちゃんひどいですよ」

 しらたまの非難も無視し、佳奈子はよく噛んで茶と共に飲みこんだ。せっかくのぶりを味わう時間が少なくなったのは残念だが、この兎にとられるよりはましである。
 机に湯飲みを置いて佳奈子は言った。

「ひどいも何もないわよ。私ちゃんと一口あげたし」
「そんなあ……」

 ぐずぐず文句を垂れる兎を放置し、佳奈子は残りの食事を楽しむことに意識を向けた。

 食事を終えた二人は茶をすすっていた。机の上に置かれているのはオレンジ色の実。

「カナコちゃん、これすごく甘くておいしいですね!」
「でしょ? やっぱり冬はこれじゃなきゃ」

 皮をむいて差し出した果実は、薄皮の糸くずをつけ、その中には甘い果汁をたっぷり含んでいる。歯をたてればみずみずしい汁が口内いっぱいに広がるのだ。正月は実家で心地よいコタツの中にかたつむりよろしくはまりこみ、お供にこれをかじっていた。

「これ僕も映像で見たことがあります。たしか内部にある熱源を布団などで囲うことによって局所的に暖かくする暖房器具のことですよね」
「アンタ、たまに小難しい言葉で語るの何なの?」
「そんなに難しかったですかね?」

 目の前の兎はきょとんと首をかしげている。
 思えば今までも高度な技術をもっていることを感じとれるような発言をちょくちょくしていたので、地球のことも自分が思っている以上に研究しているのだろうか。

「まあいいけど。今日はそれ食べたら帰りなさいよ」
「はあい。僕次は鍋食べてみたいです」
「……本当に面の皮厚いわねアンタ」

 はあと深い息を吐いて佳奈子は小さな額を小突いた。


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