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祖母と選択と頑固のお話し

私の父方の祖母は85歳。

最近は物忘れが激しくなって同じことを何回も言うようになってきました。

祖母は昔から本当に働き者で、若い頃は病院のお世話係りのお仕事を一生懸命して院長の奥様から絶大な信用をされていたようです。
結婚してからは祖父の代から始めた自営業を、父が受け継いだ今でも手伝っています。その傍ら朝と昼と夕方にはお米や野菜を育てている畑に行って作業しています。

今まで戦争の時のお話しや戦後大変だったこと、私の小さい時の話しなどたくさん話を聞かせてくれました。

先日、祖母のお姉さんが亡くなったことをきっかけで兄弟のお話しや実家の話しを少し話してくれたのですが、その昔結婚前に働いていた病院の院長の奥様から
『あきちゃん、(祖母の名前はあきえ)病院の向かいのお家のお百姓もやっているお家の子と結婚しないか?』
と縁談を貰った。奥様から母に相談がいったんだけど、なんせうちはお金が無かったから嫁ぐ時の家具やお洋服なんかとてもじゃないけど用意できなかった。そこで母は自分の兄妹に相談したの。そしたら『じゃあうちの、むっちゃんと結婚したらいい。従兄弟同士だしお金かからんよ?』という話しになり、そのまま従兄弟だったじいちゃんと結婚したんだよ。
もしあの時、あっちのお家に嫁げてたらいい暮らしができてたかもねぇ。笑
でも、今まで苦労したし大変だったけどこんなにかわいい孫やひ孫が見れてばあちゃんは幸せだよ。

と話してくれました。

私は祖母がいなかったら生まれてないから、おばあちゃんがおじいちゃんの元に嫁いでくれて良かったよ!と伝えたら笑っていました。

昔は結婚を選べなかった背景もあるけど、少なからず祖母も別の人生を想像していたんだろなと思います。

私はまだこれから人生の中でたくさんの選択余地があるわけですが、そもそも選択ができるということは幸せなことですよね。さらに知識や経済力があれば選択肢の幅は広がります。

選択肢は少なかろうが多かろうが、選択に自信があってもなくても、選んだ方に行ったら後悔しないよう調整し努力すれば結果として『後悔はなかった』ということになります。

祖母はその時は仕方ないし、これしか道はないと思っていたと思うけど、それでも一生懸命毎日を生きたから結果として後悔していないのだと思いました。

おばあちゃんは側から見たら働きすぎ、神経質、心配性、世話焼きで大変そうな人だと思われがちだけど、私から見ると祖母は常に自分に素直に頑固に生きてきたんだなぁと感心します。

私もこれからおばあちゃんのように素直に頑固にいこうと思いました。今でも頑固だけど。

いつの時代も、人が感じる思いって同じところがあるんですよね。

おばあちゃんからまた色んな話を聞き出していきたいと思います。

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