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小説

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虚構と妄想、そして少しの真実
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美しい嘘 第一章

美しい嘘 第一章

私が初めてアルバイトをしたのは、19歳の時、錦糸町のビデオ屋だった。ヨーロッパの名画が好きだったので、アルバイト情報誌の「ビデオ無料貸し出し制度有り」の言葉に惹かれて応募をした。

店長は27歳で、少し変わった人だった。爽やかさとはほど遠い風貌で、どこか人を小馬鹿にしたような薄笑いがいつも顔に貼付いていた。
ただ人望と妙なカリスマ性があり、常に子分のような店員を2人ほど側に引き連れていた。
噂によ

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『美しい嘘』 第二章

『美しい嘘』 第二章

その日私たちはいつものデニーズではなく、ららぽーとの最上階の展望レストランにいた。

「たまには、ちょっと美味しいもの食べよう」

夜景があまりにも美しく、一瞬彼と2人でどこか海外のレストランにいる錯覚をした。

その夜、彼がヨーロッパで美術館を巡りながら一人旅をした話を聞いていた。お金がないため、ヒッチハイクしながら、バックパック1つで旅したという。

ノルウェーのトロムソという町でオーロラを見

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美しい嘘 第三章

美しい嘘 第三章

大学一年の終わり、私は一人暮らしを始めた。今まで実家から通っていたが、一時限目の通勤ラッシュと重なる1時間半は苦痛でしかなかったからだ。

それに伴いビデオ屋のバイトも辞めた。もう少し時給の良いアパートの近くのアルバイト先を選んだ。

あの展望レストランの夜以来、ハワイ旅行の話は出なかった。私がバイトを辞める日、彼はいつも通り家まで送ってくれた。

「そういえば、あの話はどうなったの?」
思いきっ

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美しい嘘 最終章

美しい嘘 最終章

それから10年後、私は留学するための準備をしていた。恐らく彼の影響だろうと思うが、大学を卒業して旅行会社に勤め、留学の資金を貯め、ニュージーランドに1年、カナダに半年、フランスに2年行く計画を実行する矢先だった。

彼から電話がかかってきた。ある日、突然に。
最初、誰だか分からなかった。

いや、分かっていた。
その特徴のある声、少し人を馬鹿にしたような話し方。

「元気?」
「元気。久しぶりだ

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Lesson 1

Lesson 1

その年の大晦日、私はニュージーランドで旅の準備をしていた。南半球の季節は、ちょうど春から夏に差しかかる爽やかな気候だった。

語学学校で出会ったほとんどの友人達は、ニューイヤーを家族と迎えるため、それぞれの国へ帰省してしまっていた。
ソニーに勤めるイラン人のシェアメイト、ノーシャドから「特に予定がないなら、北端の最果ての地に行って日の出をみないか」と誘われ、応じることにした。

彼の車は、最近購入

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Lesson 2

Lesson 2

クリスチャンのキャンプで出逢った人々はみんな優しかった。

誰もがそれぞれ悩みを抱えていた。そしてその悩みに共感し合える素質を持っていた。
孤独な魂にとって「共感」ほど救われることはない。

私は当時、日本に残した恋人のこと、そして半年前にこの地で出会った人との恋愛に苦しんでいた。
彼の名はクリスと言った。彼には奥さんがいた。

もう好きでない恋人からはとても優しくされていて、その優しさが余計私を

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Lesson 3

Lesson 3

その日から2週間、私はケンと一緒に24時間を過ごした。私の運転で南島を周遊し、素敵な場所を見つけるとテントを張り、焚き火をたいて夜を過ごした。

森で狩りをしたり、ミルフォートサウンドでクルーズをしたり、馬で海岸を長距離ライドをしたり、トランツアルバインでは列車の旅をしたり、テカポ湖で温泉に入ったり、マウントクックでヘリコプターに乗ったりと充実の毎日を過ごした。
落馬したり、スズメバチに刺されたり

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Lesson 4

Lesson 4

私たちの旅行も終わりが見えてきていた。

私たちは南島の多岐に渡る自然美を、これ以上ない程満喫していた。

日本への帰国日は迫り、あと3日をかけてオークランドに戻ろうと話し合った。

いつものようにケンは、野菜メインのヘルシーな夕食を準備し、私達は夕食後デッキチェアーに寝転びながらクラウディ・ベイのソービニヨンブランを飲んでいた。

ケンはあまり飲める方ではなかったが、その日は珍しく3杯目を飲んで

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Lesson 5

Lesson 5

私たちの行き当たりばったりの旅もいよいよ最後の夜を迎えた。

ケンが私に見せてくれた様々な世界は、ただ美しいだけでなかった。
それは、優しくも痛さを伴い、救いもあるが過酷な、人生の縮図のような場所だった。

「カナ、心からお礼を言うよ。
まだ20代の若い君が、老人の人生最後の旅に付き合ってくれたこと。本当に楽しかったよ」

「私こそ、有難う。今までこっちに来て本当に心を許せる友達もいなかったから

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Lesson ~last lesson~

Lesson ~last lesson~

コーヒーがカップに落ちる音で目覚めた。ケンはいつも早起きだ。

「…お早う」

昨夜の気まずさから、しばらく寝袋で時間をやり過ごしたあと、私はテントからはい出した。
朝のまばゆいばかりの光りが、昨日の闇を綺麗さっぱり追い払ってくれていた。

「お早う、カナ」

ケンはいつもと変わらない、ふんわりと優しい微笑みで私を受け入れてくれた。

「昨晩は、ごめんなさい」

彼は驚いたように私を見つめた。

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