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美しい嘘 最終章

それから10年後、私は留学するための準備をしていた。恐らく彼の影響だろうと思うが、大学を卒業して旅行会社に勤め、留学の資金を貯め、ニュージーランドに1年、カナダに半年、フランスに2年行く計画を実行する矢先だった。

彼から電話がかかってきた。ある日、突然に。
最初、誰だか分からなかった。

いや、分かっていた。
その特徴のある声、少し人を馬鹿にしたような話し方。

「元気?」
「元気。久しぶりだね。どうしたの」

彼は早口に、あれから結婚したこと、子供が3人生まれたこと、そして離婚したことを話し始めた。

「相手は?あの、同棲していた彼女?」
「いや、カナの知らない人だよ。お見合い」

どうして急に私のことを思い出し、連絡を取ろうと思ったのか分からない。
「ただ、どうしているのかなと思って、実家にかけてみた」とだけ彼は言った。

私は彼に翌月から海外に行くことを伝えた。外国に住みたくてずっと仕事をしながらお金を貯めていたこと。いよいよその夢が叶うこと。

「フランスにも行くことにしたの」

喜んでくれると思って、そう伝えた。

そうなんだ、彼の声はちょっと沈んで聞こえた。
気のせいかもしれないけど。
聞きたいことは山ほどあった。

一つだけ、私は聞いた。

「あれから、警察に捕まったりしなかった?私、心配したんだよ。連絡も途絶えたし」

「ああ、あれ」
彼はいきなり堰を切ったように、高く掠れた声で嗤った。

「あれ、嘘だよ」
「え?」
「全部、嘘」

計画したのは確かだけど、結局怖じ気づいてお金は盗まなかったらしい。でも、格好悪いからやったことにして、友達と親にお金を借りたと。

「なんでそこまで...」
「見栄だよ。見栄。かっこつけたかったんだな、俺。まあ、男なんてそんなもんだよ」

嘘…突如、心が軽くなり罪の意識から解放された。この話はそれまで誰にもせずに、自分だけの胸に秘めてきていたから。

と、同時に少しがっかりした。私のために手を汚してまで、ハワイに連れて行ってくれたのかと思っていたから。
でも実際、私があのとき好きだった彼は、ただの見栄っ張りの小心者だったのだ。

スナフキンの嘘か…、

幻影が、音を立てて崩れてゆく。
もしかしたら、彼が絵巻物のように私の前に広げてみせた過去の冒険話も?

でも何故、10年の月日を経て今さら打ち明けたのか、やっぱり私には謎だらけだった。彼の話のどれが本当でどれが嘘なのか私には結局分からずじまいだった。

その電話のあと、彼からの連絡は今まで一度もない。
私の人生に多大なる影響を与えたその人を、今でもたまに思い出してFacebookや、ネットで名前を検索してみるけど、それらしい人は出てこない。

なんとなく彼がこの世界のどこかに生きているとは思い難いようなそんな気さえする。
もし生きていたとしても、きっと二度と会うことはないだろう。

でも、分からない。ひょっとしたら、またいつかいきなり電話がかかってくるかもしれない。

「元気?」って。少し癖のある、孤独を感じるあの声で。

『美しい嘘 第三章』はこちら


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