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Lesson 2

クリスチャンのキャンプで出逢った人々はみんな優しかった。

誰もがそれぞれ悩みを抱えていた。そしてその悩みに共感し合える素質を持っていた。
孤独な魂にとって「共感」ほど救われることはない。

私は当時、日本に残した恋人のこと、そして半年前にこの地で出会った人との恋愛に苦しんでいた。
彼の名はクリスと言った。彼には奥さんがいた。

もう好きでない恋人からはとても優しくされていて、その優しさが余計私を苦しめた。

そして本当に好きな人からは真剣に好かれていなかった。ただ利用されているだけなのは分かっていたのに見限ることもできず、一日中狭いアパートでクリスからの連絡を待ち続ける日々だった。

日本の恋人には、別れたいと思いつつも切りだせずにいた。
それは、孤独になるのが怖い私の狡さだった。

私は、思い通りにならない恋愛や、事故の後始末のストレスで過食症になった。
気付くと真夜中に起き出して、シリアルを貪るように食べている自分がいた。一晩で一箱空けるときすらあった。
食欲がコントロールできなくなっていた。美味しさなんてちっとも感じていないのに食べることだけが私の歓びで、食べたあとには罪悪感と食べ過ぎで気分が悪くなった。

2カ月半で10キロ近くも体重が増えたとき、私は初めてはっきりと自覚した。完全に精神を病み始めていたことに。

そんな悩みを打ち明けられる程、親しくなった友人ができた。
彼の名はケン。クリスチャンキャンプで出会った72歳のニュージーランド人だった。

ケンは離婚経験があり、独身だった。がっしりと恰幅の良い体格で、薄くなったアンバーのくせ毛に優しい緑色の目をしていた。

「カナを初めて見た時から、あまり幸せでないということが分かったよ。とても悲しそうな表情をしていたから」

少しずつ時間をかけて私たちは心を通わせていった。私がクリスチャンでないことを知っても、彼は教会に行くことや洗礼を受けることを薦めたりしなかった。

「信仰心は必要なときに自然と訪れるもので、他人に強要されるものではないからね」

そういって優しく微笑んだ。

ケンは保険会社を経営していたので、私の口座を作り、誰にも損がないように車の修理費を賄ってくれた。
無残な程に体型が変わった私のダイエットにも付き合ってくれ、毎日一緒にプールに通ってくれた。彼の親戚の家にも度々招待してくれ夕食を振舞ってくれた。

そんな風にして、私は徐々に心の健康を取り戻していった。体重も元に戻った頃、1年間の滞在の帰国の日は迫っていた。

「カナが帰る前に南島を車で一周する旅をしないかい。全て君の運転で」ケンは突如、そう提案した。

「私の、運転?」

「あの事故がトラウマなのは分かってるよ。
でもだからこそ、今運転しないと一生運転できなくなる」

確かに彼の言う通りだった。あれからハンドルを握る気にはなれずにいた。

帰国まであと2週間とちょっと。私には特にこれといった予定もなかった。

「一周するのにどのくらいかかるの?」

「キャンプをしながら2週間くらいかけて、じっくり回りたいと思っているけどどうかな?
せっかくニュージーランドに来たなら一度は南島を見ないとね。世界に誇れる自然の宝庫だから」

私は少し迷ったが、彼の提案を受けることにした。

今、心を許せる存在はケンだけだった。彼は私を娘のように可愛がってくれていた。
最後に一つ、ニュージーランドでの楽しい思い出を作りたかった。

Lesson 1 はこちら。


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