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お風呂の栓

お風呂の栓を閉め忘れた。まだお湯を入れ始めて数分しか経っていなかったからショックは小さかったけど、日常生活で地味に辛い失敗ランキングを付けるとしたら、「お風呂の栓閉め忘れ」はかなり上位に入るんじゃないかと思う。

栓の閉め忘れに気が付くのがもっと遅かったらそれはそれは悲惨だ。そろそろ溜まったかなぁと見ていたテレビを中断し、思い腰を上げる。玄関と繋がる脱衣所で寒さに鳥肌を立てながら服を脱ぎ、暖かい湯気で充満している期待を込めて浴室のドアを開ける。アレッ浴槽空のままじゃん。全開にした蛇口からお湯が流れる音だけが虚しく響く。裸のまま立ち尽くし、静かに栓を閉める。

脱いだ服をもう一度着るのはなんだか気が進まないので、裸で浴槽の淵に座ってぼんやりとしてみる。何となく考え事をしてしまう。「人生やだなー」

考えている内に泣きたくなってくる。ポロポロ、ポロポロ、ポロポロぽろと涙が顔を濡らす。流した涙はお風呂に入れよう。そう思って浴槽を覗き込むように屈み、お湯に涙を混ぜていく。蛇口から勢いよく流れるお湯の音を聞いて負けてられないと、悲しい出来事や将来への不安、これまでの後悔や焦りの感情を次から次へと思い出し、涙に変えていく。

しかし蛇口は容赦ない。白い湯気を吹かせながら、空っぽの浴槽にどんどんお湯を溜めていく。まだエピソードが足りない、、。必死に頭を巡らせて、実家で飼っている犬が死んでしまうという想像に手を出す。ポロポロポロポロ、、、

脱水で頭がクラクラしてきた頃、屈んでいた自分の顔のすぐ側まで水面が来た。勝敗は如何に。ハンドルを捻ってお湯を止め、恐る恐る自分の涙が混ざったお湯に爪先から浸かっていく。ちょっと汚い。

肩まで浸かった時、全身にじんわりと広がるお湯の暖かさを感じ、私は自分の敗北を悟った。追加の涙が一筋、水面を揺らした。


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