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008『西日本を歩く3 ~広島・山口・福岡~』

文:守屋佑一

2010年9月14日 深夜

コロナワールドの温泉で温めた体はすでに冷え切り、何度か目を覚ましていた。

僕たちは9月12日の夜に小田原を出発し、9月13日夜から広島県福山市の温泉、映画、パチンコなどが一体となった大型アミューズメント施設コロナワールドの漫画喫茶にて宿をとっていた。

だが、ここは恐ろしいほどに冷房が効いていた。確かに2010年の夏は記録的な猛暑だったし、9月に入ってからもずーっと暑かった。しかしだからこそ、僕らはとても薄着で、言ってしまうと旅のほとんどをパジャマで過ごしていた。

漫画喫茶には大抵備え付けのレンタルのタオルケットが用意されているものだが、あまりの寒さになのか確かそれらはすべて無くなっていたと記憶している。

そして朝、そのコロナワールドを出発し、車中では漫画喫茶が寒かったという話題でもちきりだったが、Sだけは熟睡できたと言い出した。

まさかと思ったが、それには一つの理由があった。

そう、彼は自前でタオルケットを持参してこの旅に望んでいたのだ。

長い長い旅にはたくさんのアイテムが必要だ。それは現実世界でもRPGの世界でも変わらない。Sはタオルケットを使いこなし、旅の道中、車中でもけっこう熟睡していた。その代わり夜はとても元気だった。

朝から車を走らしてちょうど正午前くらいに広島市に到着。

広島市は路面電車がそこいら中に走っている。路面電車を見慣れない僕たちはただただ感動した。反対に広島市で生まれ育った人が初めて関東に来た時は路面電車の走っていない景色に驚くのだろうか。それは広島市で生まれ育った人にしかわからない感覚なので、僕には一生わからない。

そんな感覚に浸りながらも空腹は限界に来ている。

広島で食さねばならない名物といえばもちろんお好み焼き。

駅前のビルにお好み焼き屋がたくさん入っているところがあると道を歩いていたおじさんに聞いて僕たちは腹ごしらえをした。

きっと今なら、他の人に運転を任して、というか3人でじゃんけんをし、負けた人に運転を任してビールを飲んでしまうだろう。しかし、この旅では一切酒を飲まなかった。食べることが今より楽しかったのかもしれない。

年月はいろんなものを変えていく。思考とか嗜好とか。

そうして腹ごしらえをし終えた僕たちはこの旅で必ずそこに寄ろうとしていた場所を目指す。

以前書いたが、この旅はいつどこについて何をするかほとんどノープランなのだが、それでも必ずここは抑えておこうという場所はあらかじめいくつか決めていた。そのうちの一つが広島にはあった。

そこは1945年8月6日に日本にとって、いや、世界にとってとても重要な場所になった。世界にとっても、忘れてはいけない過ちが起きた。

もうお分かりだろうが、その場所とは原爆資料館および原爆ドーム等含む平和記念公園。

第二次世界大戦末期に人類史上初、戦争という行為によって事故や実験ではなく原爆が落とされた場所である。

僕たち3人の原爆についての基礎知識やイメージはそのほとんどが小中学校の図書館に置いてある漫画「はだしのゲン」に起因する。

中学の社会の授業では「はだしのゲン」の映画も鑑賞した。僕たち3人は同じ中学出身だし、その映画を見た中学1年の時には同じクラスだったから共通の認識として「はだしのゲン」のイメージを平和記念公園、もとい広島市にもっていた。だから実は広島市に入った時から街を見て、駅前の川をみて、その話題が話の中にあった。公園を歩いて、記念碑をみて、そして原爆資料館に入った。原爆ドームは資料館をみた後でちゃんと見ようと話をした。

原爆資料館のなかにある展示物や資料の数々。その全てに圧倒された。

いま思い出してもこの時の感覚はしっかりと思い出せる。正直な話、怖さも感じた。けれども、すべての人はここを見るべきだと感じた。

適切な表現かわからないけれど、原爆を落とした、落とされたというのは過ちだと思う。過ちに向き合うのは怖い。ただし向き合い、反省もしなければいけない。忘れてもいけない。

原爆資料館を後にした僕たちは、原爆ドームをみた。当たり前のように、3人でその前に立ち、記念写真を撮った。3人の顔はとても神妙だった。

今でも話題に出るくらい神妙な顔だった。

なんだが説教くさい文になってしまったが、この旅は道楽旅行だ。

気持ちを切り替えてこのあとしっかりと広島を満喫する。忘れてはいけないことだが、引きずるのも良くない。心に刻めればそれでいい。

次に向かったのは西広島駅。

名作児童文学「ズッコケ3人組」のモデルになった街で駅前にはズッコケ3人組の銅像が設置されている。僕は小学校のころ、ズッコケ3人組を読み漁った。王道でありながら少しダークな話もあるこのシリーズが大好きだった。

TYはもっと筋金入で家に大量にズッコケ3人組の単行本があった。

ズッコケ3人組の銅像と一緒に写った僕たち3人も心なしかズッコケ3人組みたいだった。

少し違うのは、僕たちは子供ではなく、気が付いたら大学生なんてものになってしまっていたということだけだ。まぁズッッコケ3人組も気がついたら「中年3人組」というシリーズが出ていたし、そう変わらないか。時は非情なもんだから僕たちも例外なくいつしか中年になってしまうのだろうが。

西広島を後にし、つぎはフェリーに乗り宮島へ。

宮島は中学3年生のころ修学旅行で行った奈良ばりに鹿だらけ。

もちろん行き先は世界遺産の厳島神社。壮大な神社に感動しつつここでも食道楽。穴子飯にサザエにもみじ饅頭。

そういえばもみじ饅頭を売っていた売店のおばちゃんの娘は小田原に嫁いだと言っていた。

自慢じゃないが僕は旅先で小田原に所縁のある人にしょっちゅう会う。

広島を満喫しすぎ、気づけば夜の7時前。この日の朝立てた行程からは大幅な遅れ。九州旅行のはずが、いまだ九州には突入していない。

先を急ぐため車を西へ走らす。

ひたすら走るオデッセイ。

山口県ではなにも見ず、走り去り、23時過ぎ。

ついにその時は訪れた。

九州、上陸!

ここからが本番だ。

福岡県の北九州市に突入した。北九州市。なんともわかりやすい名前でよい。

さっそく宿を探す僕たち。時間はもう0時近い。風呂も寝れる場所もセットになっているところがよい。

車を走らせていると、素晴らしいスポットが目について。

その施設は温泉も漫画喫茶も一緒になっている。

これを読んでいるみなさんにはもうお分かりかもしれない。

そう、コロナワールドだ。

小田原で毎週行っているコロナワールド。僕たちはまさかの広島、福岡と2日連続でコロナワールドに宿泊することになった。


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