【小説】石/泡

 モールス高度最高峰!の、ダイヤモンドを円環にした、エタニティ・リング、永遠の輝き、なんて、ぞっとしない?と、君は言った。そうだね、やっぱり君が好きだと思ったよと、返したら、なにそれ、答えになってないと。それから、君の、少し低い、たおやかな、笑う声から、僕の言葉は通じていると信じられた。

 ね、どんな指輪だったら素敵だと思う?と始まった、君お気に入り、もしも遊びのバリエーション。僕も君に、気に入られたいから、懸命に頭を捻る。ウロボロスの蛇のリングなんてどう?と、よし、我ながらなかなか上手い。ぜんぶ食べちゃったら終わりなのねと、君は、またうふふと笑う。 褒められたようで、調子に乗りながら、君なら?と、訊ねる。そうねぇ、そう、シャボン玉のリング、それがいいわと、うっとりとした君の、声。 子どもの頃、シャボン玉を繋げて、輪っかにしようとしたの、せっけん水にお砂糖を混ぜて、逃げるシャボン玉を追いかけて、くっつけようとして、割っちゃったり、落ちて土に付くまえにくっつけて、引っぱりあげたり、四つまでは、繋がったの、すごいのよ、でも、そこまでね、輪っかには、ぜんぜん、足りなかったわ、息もね、続かなかったの、苦しくて、夢ね、あれはと、君のおしゃべりは、おっとりと耳から這入るのに、そうおっとり、おっとりと、君そのもののように身をくねらせながら皮膚を撫でるように纏わり絡みつき、淡く、薄い痺れで僕を支配して、もう、おかしくした。それ、僕も一緒なら、二人なら、輪っかに出来るかもしれないよと、うわ言のように僕は。
 …そう、ね、そうかも…しれないわね…と、君の声はすうっと、遠ざかった。
 ちょっとの勇気はきっと、伝わってしまった。

 じゃあ、そろそろ、今日もありがとう、楽しかったと、君は切り出す。いえ、こちらこそ、今日も、面白かった、じゃあ、またねと。
 えぇ、またねと、君の声を聞き届け、耳からスマホを下ろして両手で握り、目を閉じて、いつもの通りに一呼吸待ってから、通話を切った。



Ⅱ 

石を喰い、石を孕み、石を産む君は美しいと、君がそうする前から知っていた。
何故なら君に石を喰わせて君を美しくするために、僕は生まれたのだから。
僕は石の使いであった。

君は次から次へと僕の前に現われる。
僕は君に喰わせずにはいられない。
君は喰わずにはいられない。
君は美しくなるよう生まれた。
それが君の定めだ。
定めに逆らうことはできない。
君も、僕も。

美しくなった君はにわかに、僕を嫌う。
それは君の定めであり、僕の定めだ。
悲しくないわけはない。
僕に心がないわけではない。

僕はいつから君に嫌われ、いつまで君に嫌われるのか。
もう、終わりにしてほしくて、呪い、祈った僕の気持ちを、君も分かってくれたのだろう?
僕の願いを叶えてくれた神、その顔も君だった。
君の顔を見た僕は石となった。

それから僕は石の世界に住んでいた。
なのにどうして君はまた現われて、僕にそんな風に触れるのだ!?



ひらけて平らな土地の真ん中に、石碑があった。
その前に、無垢な女が立っていた。
まばゆい光に晒されて、石も女も白かった。

ちょうど女の背丈ほどの石碑には詞が刻まれていた。
女はそれを詞と知らず、また文字とも知らない。
知らないままに、だが一文字一文字を、指でなぞった。
それから蛇に気づいた。
蛇は、地から天へと石を這い、石である、一尺一条の浮き彫りであった。
その身の力強くひとうねさせた格好と、鱗の具合を、女は眺めた。
そして蛇に触れた。 

蛇の尾から頭へと、指でざらざらと鱗を逆撫でると、悪寒とも快感とも知れない痺れが女の腰から背を這い上がった。
もう一度、蛇の鱗を逆さに擦り上げた。
また指で、また手のひらでと、繰り返すほど女は夢中になった。
息ははずみ開いた口の端から涎が曳いた。
眼は恍惚の色を湛えていた。

そのしつこさは果たして拷問であったのか、蛇の頭がめりめりと裂けながら石より剥がれ、むくりと鎌首をもたげた。
女はおののき、手を下ろして一歩退いた。
蛇は絞り出されるようにじわりじわりと首を捻り、女と向かい合うと、口から白糸のような舌を垂らした。
舌は女の方へと鋭く伸びて、ちろちろ揺れるたび光を受けて綺羅めき、女の目と心を奪った。
ややあって、石とは違う艶やかさを蛇の首に見てとると、女はまた手を伸ばした。
首の下に親指を当てがい、残りの指をやわらかくまいた。
親指で喉を撫でた。
蛇の肌は、指の腹に吸いつくようでありながらも、さらさらと滑った。
女はため息をもらした。

甘く濃い女の息が蛇の舌先に触れた。
すると、端からゆらゆらと真紅に染まっていった。
女の瞳に赤が映りこんだ。
女の赤を見た蛇の瞳にも赤が落ちて滲み、拡がり、赤が宿った。
女の眼は赤を追いかけ、蛇の眼へと流れた。
ついに視線は交わった。
女は蛇を握りしめ、ずるりと石から引き抜いた。

さて。
蛇は消えた。
女が目を落とすと、白い泡がくちゃくちゃとして長く、女の足と土とに跨って伸びていた。
女の手も泡で濡れていた。
少し混じった血泡の色は、たちまち抜けていった。
泡もまもなく消え去った。

女と、詞がまだ残った。


(オシマイ)


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