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2018年春期アニメ感想 ひそねとまそたん

 『ふしぎな海のナディア』の島編や、『エヴァンゲリオン』8話9話絵コンテなどで知られる樋口真嗣監督が描くオリジナルアニメ。航空自衛隊の少し奇妙な日常を描いた作品だ。
 『ひそねとまそたん』で初めてオリジナルアニメの監督に就く……これ本当かな? 一応Wikipediaを確認してみたけど、アニメーションの監督はわずか数本しかなく、むしろ映画の特技監督のほうが多い。ちょっとだけ関わった、というだけならたくさんあるけども……。『エヴァンゲリオン』に関わっていたから、なんとなくずっとアニメ界隈にいる人……と思って見てしまっていた。
 樋口真嗣監督といえば『ふしぎの海のナディア』島編の監督……なのだが、『ひそねとまそたん』を見るまで、その経歴をすっかり忘れてしまっていた。そういえばそうだった。樋口監督といえば、コミカルな演出がものすごくうまい。樋口真嗣はずっと“特撮監督”だったし、最近は特撮映画の監督になってトーンの重い作品ばかり作っていたから、こういうコミカルな側面があることをすっかり忘れていた。

 『ひそねとまそたん』はカテゴリー上は「日常もの」……ただしその舞台は航空自衛隊。この舞台の選び方が面白いし、ミリタリーものに詳しい樋口監督ならではの選択だ。
 航空自衛隊には実はずっと前からドラゴンが匿われていて、主人公甘粕ひそねはそのドラゴンのパイロットになる……というあらすじだ。ユニークで新鮮味のある設定だ。
 ドラゴンことまそたんは体にF-15Jに似せた装甲を装着し、空を飛ぶときは戦闘機に擬態する。意味は違うが、ドラゴンがF15Jに変形するわけである。それで一般的にはドラゴンの存在が知られていない……とそういうわけだ。
 理屈の付け方が面白いし、ドラゴンから戦闘機に変形する姿は、ある意味で“変形するロボット”の新しいあり方を見せている。
 航空自衛隊を舞台にしたのもいい。ドラゴンがどこからやってきたのか、今までどう過ごしてきたのか……航空自衛隊基地という場所が、その背景を語らせる舞台になっている。
 現実にファンタジーを混ぜ込むときに、どのタイミングで嘘を――“最もらしい嘘”をこじつけるかが重要になるわけだが、これがなかなか難しい。多くの場合、どうしてもどこかに綻びが――なぜ虚構の世界が主人公の周囲以外に拡散されないのか? という理由付けで多くの作家は躓いている。『ひそねとまそたん』の場合は自衛隊基地の中でドラゴンが国家機密として守られ続けていた、という嘘の歴史が作られている。この理屈付けに納得感があるし、面白い。

 キャラクターはかなり太い線で描かれ、その線にもちょっと波やブレが混じっている。この線はどうやって生成しているのだろう? この辺りの仕組みはよく知らない。
 シンプルで太い線で構築されるキャラクターだが、絵がいい。身体の感覚がうまく捉えられている。ほんのちょっとの線の使い方、色トレスの使い方でものすごく豊かに感情を表現している。この辺り、高クオリティのアクションを作り続けたBONESの勘の良さが冴えている。やっぱり身体を描くことについて、抜きん出た力を持っている。
 航空機もキャラクターと同様、太い波打った線で描かれているのだが、たぶんCGだ。私はああいった線をシェーダーで出せるということを知らなかったから、ものすごく感心した。

 自衛隊基地内が舞台だが、ミリタリーもの特有の男くさい世界……という感じではない。絵の印象と同じく、なんとなくとぼけたような穏やかな印象となっている。日常ものによくあるような、「そこにいたような温もり」を持った世界観として描かれている。
 そこに、脚本家岡田磨里特有の“毒”がほんのりとトッピングされている。甘粕ひそねはあんな見た目でスイートに毒舌だし、貝崎名緒の迫力ゼロのヤンキーっぷり。その他の隊員も問題児だらけ。重々しさはまったくなく、絵で見た印象と同じくあっけらかんととぼけた感じになっている。これがいい感じにはまっている。
 かといって自衛隊基地内部の風景に妥協はなく、かなりがっつりと描かれている。やはり航空自衛隊岐阜基地を詳細にロケハンしたことが効いている。あのとぼけた絵柄と、ディテール重めの自衛隊の光景とがうまく結びつけて、この作品らしさを作りだしている。

 『ひそねとまそたん』は日常ものアニメだが、舞台は自衛隊基地で、そこにはドラゴンがいて……この設定から生み出される風景がなんともいえず不思議。この不思議世界にあのシナリオとキャラクターがうまくはまっている。ハマリ方が心地よい。
 物語の後半、Dパイたち(「ドラゴンナイト」じゃないのね)はある大きな任務のために訓練をはじめることになる。この展開も、自衛隊基地という設定の中から作られている。後半の展開へスムーズに動いたし、設定もやはり自衛隊基地の内部・歴史から生成されている。変に重くなりすぎず、軽くもなっていない。恋愛ものが間に入ってきて、これがいい感じに物語に色を付けている。いろんなものがぴたりとはまって、心地よいい触感を作っている。

 こうして『ひそねとまそたん』を見ていると、樋口監督はどうしてこのコミカル路線をずっと封印してきたのだろう、と疑問に思う。樋口監督はこんなにも楽しい作品を作れるんだ。
 樋口監督といえば確かに特撮、アクション演出・絵コンテで素晴らしい才能を発揮している。アクションにものすごい実力を持っていて、この才能を活かそうと思ったらどうしても作品のトーンが重くなってしまう。コミカル演出の才能とはどうしても噛み合わない、“飛び石”した2つの才能。なんだか惜しい気がする。
 『ひそねとまそたん』について思うことは、特撮監督らしい樋口演出がほとんど見られないことだ。航空機を捉えるときの望遠レンズの使い方とか堂に入っているが、樋口演出の凄みはない。あっちを立てればこっちが立たず……難しい才能だ。
 ただ『ひそねとまそたん』はものすごく面白かったので、できれば樋口監督にはこのまましばらくアニメ業界にいて、次もアニメを作って欲しいところだ。

 ところで、オープニングとエンディング……あれは何かのパロディだろうか?
 とくにエンディングは昔、東映のアニメでああいった感じのものを見たような気がする……ずいぶん古い記憶なので、なんだったのかよく憶えてないけど。

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