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細めの雪にはなれなくて 3 第一部

 どこにでもあるような普通の学生生活を送り小学校を卒業したかおりは、幼馴染の孝一やその他の小学校の同級生達と一緒に同区内の中学校へと入学した。東北のまだ少しひんやりとした空気が残る卒業から入学のシーズン、海辺の街でも抜ける海の青に映える薄ピンクの海桜が、並木となり彼らの前途を祝福していた。

この季節、特に進展を迎える人間にとっては少し不安な、でも一つ先へ成長したようなくすぐったい誇りを胸に、新しい場所へ向かっていく方が多いと思う。かおり達のような小学生から中学生へなるというのも、また他と同じく別の区の小学校の生徒と一緒になるなど、新しい出会いが待ち受けていた。

必ずしもそれがいいこととは限らない、よくない人間関係とぶつかることもあるだろう。でもそんな中でも少しずつ戦っていくことでより、大人になってからの困難に打ち勝つための根性みたいなものが身につくのだと思う。大人になってからも戦いは続くけれど、そんな中でも強い人間と弱い人間がいる。生まれつきの強さもあるだろう、考え方によりうまくすり抜けながら生きていく術を身につけて乗り越えていくやり方もあるだろう。

でもそういったことの根本は、小学校、中学校あたりでだいたいその人の生きる術みたいなものは固まっているのではないだろうか。酷な言い方になるかもしれないが、小、中学校で不登校になってしまったりするとそこからより高度な人間関係に身を置いたとき、もしくは仕事など困難なことに立ち向かうとき、やはり折れてしまいやすいのではないかと思う。逆に、学生時代に逆境に置かれても一人で切り抜けるような人間は、一生強いのではないかと思う。

あるいはヒエラルキーの問題もある。見た目等により、ずっと理由もなくヒエラルキーの上層にいる人間は特に強くなる必要もなく、そもそも普通の人が体験するほどの逆境に見舞われない可能性もある。かおりに関して言えば、前述の後者にあたるだろう。勉強に関しても人並み以上にでき、母譲りの見た目も嫌味なところがなく、男女問わず周りから憧れられる特徴を持っていた為、少なくとも小学生の間は特に困難にぶち当たることもなかった。

恋愛においてはどうだろう。小学生までは、幼馴染の孝一との関係性は以前幼馴染以上でも以下でもなく、また他の男子達もアプローチできるほどの度胸を持ち合わせてはいなかった。その為、かおりは容姿には恵まれていてもモテる人間特有の、アプローチをいかにかわすかといいったような贅沢な悩みすら抱くことはなく、たんたんと過ごすことができていた。(この頃友人の葉子はすでに初めての彼氏と別れていた。)

かおり自身は、表面的には一般的な子供と同じような精神性をもっているように見えて実際の内面はどこか人との関係に興味がないような性格であった。

かおりが小学生4年のある日、同じクラスの男子が一人亡くなっている。彼はどちらかというと他と積極的に交わることがなく、いつも図書室で読書をしていた。かおりも読書自体は嫌いではなく図書室で彼と会って話すこともあり、少し無口で知的な印象の彼と、クラス一の美少女の絵は周りからみると少し、特別な関係に見えていた。そのせいか実は、孝一とは別にクラスの女子にひそかに噂されたこともあった。

彼はとある放課後、かおりとたまたま会って話をした帰りに交通事故で亡くなった。車側に明白な非があったわけではないようだった。赤信号で車が多く通っていたにもかかわらず子供からふらふらと飛びだした、とのことで現場の証言は一致しており最後に会話をしたのはかおりらしかった。何を話したかなど内容を聞かれたがかおりは、特にかわらずいつも通りだった、と内容には特に触れず証言している。かおりがそのことを知ったその日、ふと空を仰ぐと蒸し暑い夏にしては重く立ち込めた雲がただゆっくりと、何かに流されていた。

ドライと言えばいいのだろうか、どうせなるようにしかならない、自分は流れていくだけでそこに何があるのかというだけ、という子供にしては達観した見方をしていた。そんなかおりも中学生になり初めて異性に明確な恋心を抱く。それが、ただぶつかっただけなのか、自ずからそこへ行きつきたかったのかもわからずに。

それは中学1年の時のことである。かおりと葉子は同じクラス、孝一は別のクラスになっていたが、孝一とも葉子とも関係性は以前と変わってはいなかった。入学式後、とまどいから少し打ち解け中学校の生活に慣れてきた頃の9月終わりの秋口のことだった。かおりは囲碁部に所属していた為、放課後はいつも囲碁部の割り当てられた部室で、古い木の湿ったような部屋の空気に包まれながら、相手は男女を問わず囲碁打ちに勤しんでいた。

秋の静かな雨が降る、ある日の囲碁の相手が同級生で、孝一と同じクラスの高崎恭吾だった。彼の囲碁経験は、かおりとは違い小学生のころから週に二度程、囲碁教室で大人相手に囲碁を打っていた為、かおりよりも大分高みから囲碁を打てていた。勉強に関しても中学在学中、常に学年トップを争う秀才だった。親は内科の開業医で、かおりも何度かお世話になっていた病院。おそらく将来は医院を継ぐことになるのだろう、当時としてはめずらしく進学塾にも通っており、生まれつき医者になるべく教育を受けていた。

かおりも勉強はできる方ではあったが、彼のようにトップを争うほどではない。中学に上がるとやはり小学校とは違い他の学区からも生徒が集まる為、上層のレベルは総じて高くなりやすい。

彼と囲碁をする中、ふと彼がつぶやいた。「麻生さんは、不思議ですよね。一見クールで冷たい印象で心動きそうにない感じがするのに、囲碁の打ち方を見ていると、どちらかというと感情が大きく感じられたり、積極的に戦況を動かそうとする打ち方しますよね。」「私は慣れてないから必死なだけですよ、まして相手が強すぎますもん。」「うーん、慣れとかそういうことよりも、囲碁ってそういう表面的な部分だけではなくてもっと、その人の本質みたいなものがでるような気がします。わからないですけど、なんか普段我慢とかしてないですか?」「うーん、いや特には…」高崎が小さく笑いながら「急に変なこと聞いてすみません。さあ続き打ちましょう。」言ったところで囲碁打ちに戻った。

不思議な感覚だった、幼馴染の孝一などにはなく他の小学校時代のどの男子とも違う、落ち着いた知的な受け答えをする印象の同級生だった。また聞かれたことも抽象的ではあったが、今まで指摘されたことのない内面の印象だった。本当に小さい頃は普通に元気な女の子だったが、少しずつ自分で何かを動かすわけではなく、なんとなく流れに任せていくことが当然のような、そうであることがかっこいいような気になっていたことに、自分でも気づいてはいた。それでも他人に指摘されることはなかったのだ。

その日から部室で彼と囲碁を打つ機会が多くなった。楽しかったのとは少し違う気がする、初めて自分を知ってもらいたいと思ったのだ。やがて囲碁打ちから、一緒に帰るようになり、そして恋人になった。どちらから伝えたわけではなく、なんとなくそうなった。お互いがそう思っていれば具体的な何かなんて必要なかったのだ。今にも雨が雪に変わりそうな吸気の冷たい季節だった。


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