見出し画像

アラサーテレビディレクターと人の子


坂道でロケをしていたら、カメラモニターの端を小さな人影が横切った。
ストライダーに乗った男の子(3歳くらい)が坂道を駆け降りたのだ。


結構スピード出てるな、と目をやった瞬間、車輪が左右に大きく蛇行した。彼の目の前にはコンクリート塀。

あぶない!と機材を放り出して、手を伸ばす。
「交通事故の瞬間がゆっくり見えた」とよく聞くが、まさにそれだった。




子供の身体が車体から離れる、
白いおでこが黒いアスファルトに近づく、
あと5センチでその隙間に指を挟めるのに、届かない
視界がスローモーションになる中、思考が高速回転する。
このままだと多分 この子 大怪我する
この近くに病院あったっけ? ないよなぁ、
とりあえず今日の撮影は中止、ロケ車ですぐ病院に連れて行って、撮影は来週に延期して…
あぁ機材が地面に落ちた音がする、弁償するならいくらだっけ


ごちん!と目の前で頭をうった男の子は、1秒後、けろりと顔を上げた。
血は出ていない。泣いてもいない。
坂の上から見ていたご両親が小走りで近づいてきて、
「もう!だからこの道は危ないって言ってのに!」と子供の頭を撫でた。

よかった・・・とへたり込む私に、
お母さんは「すみません、いつもこうやって遊んでるんです」と苦笑い。
一部始終を見ていたカメラマン(同じくらいの子供がいる)は、私が放った機材の動作確認をしながら「ぼうず、気をつけろよ〜」と頭を撫でた。


まじかよ。いま心臓止まるかと思ったの、私だけ?
子育てってこれが日常茶飯事なの???

子供はまた坂道を爆走し始める。
周りの大人たちはそれを見て微笑んでいる。
子供の強さも、親の肝の座りっぷりも、私にはわからなかった。



***



おそらく私は「子供好き」と言われる部類の人間だ。
幼い子を見ると無条件で破顔してしまう。

そういえば、中学の職業体験は迷わず保育園を選んだし、
武道の道場では喜んで幼児クラスの指導をしていたし、
大学の傍ら 保育園で絵画教室のスタッフをしていた。
どの現場でも、幼児たちに呼ばれ、抱きつかれ、もみくちゃにされる時間は至福だった。

小さすぎる手、足の裏全体で歩く後ろ姿、頬のぷっくりした丸み、口からこぼれるよだれ、抱いた時の暑すぎる体温、意味の通らない会話…すべてが愛おしい。

これが母性本能というものなのか、私自身の性格なのかわからない。
子育て経験者たちからは「他人の子だから”可愛い”だけで済むのよ」と笑われるが、自分の子を育てたことがないので、その意味も正直わからない。


***



昨年、撮影させて頂いた家庭には2歳の女の子がいた。

家の中に突然他人、しかも大きなカメラを持った奴、がお邪魔するのだ。彼女は私たちをめちゃくちゃ睨んだ。

数日にわたる撮影の合間、必死に話しかけ、遊ぼうとしたが警戒は解けず。
ふと視線を感じると、彼女は「家政婦は見た」ばりに、親の背中から私を見つめている。しゃがんで手をふっても、やっぱり睨まれるだけだった。


見つめられ⇨視線を感じ⇨手を振るものの⇨睨まれる、というループを繰り返して4日目。
彼女は突然、とてとてとて、と私に近づいてきた。
「どうしたの?」としゃがむが、何も喋らない。

真顔で見つめ合うこと、3秒。
恋ならあと数秒で落ちる…と思った瞬間、
彼女は、ぷに、っと私の頬を手で挟み、それから、きゅっと首に抱きついた。

なになに!?え!?急になに!?かわいい!!!!と混乱していると
お母さんが「子供は大人をよく観察して、信頼できるかどうか見分けるんですよ」と笑った。

それ以降は、嘘のようになついてくれた。
手をひいてどこかに連れて行こうとしたり、
膝によじ登ってきたり、一方的におままごとの役を与えられたり。
「ごめんね、お姉ちゃんお仕事中だから、ちょっと待ってね」と困り顔をしつつも、帰り道では「あの子まじで可愛すぎるやろ!!!!!!!!!」と悶絶していた。


他にも、友達の子供、姪っ子、みんな会うたびに骨抜きになってしまう。
たまに成長過程の写真なんか届くと、もうめろめろだ。


この気持ちも「他人の子だから”可愛い”だけで済ん」でいるのだろうか。わからないが、そう言われると寂しい。
あなたには本質がわかってないよ、と一線引かれたようだ。寂しい。
かわいいはかわいい。それで許してほしい。


「子供好きなら早く産め」ともよく言われるが、どうしても、今まさにぐんぐん積み上げているキャリアを止めるのは、もっと寂しい。

あぁ、どうして仕事が楽しくなってくる時期と、世間の推奨する結婚出産時期が被るんだろう。
仕事に情熱をささげながら、今月も、卵子が無駄に消費されていく。残り何個なんだろう。

もう少し悶絶と寂しさをセットにしながら、人の子を愛でるしかない。

でも目の前でこけるのは、心臓に悪いのでまじで勘弁。

この記事が参加している募集

子どもに教えられたこと

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?