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品性はお金で買えない?

 朝の電車。通勤通学の時間帯ではあったけれど、まだ早い時間だったからなのかな。すし詰めという程でもない車内で、僕は運良く席にありつけた。1時間近くも立っているのは、やっぱりしんどくなる年頃なのだ。

 次の駅。乗車してきたひとりの男性が目に留まった。上等そうなコートとストールを身にまとい、手には重そうなダレスバッグ(お医者さんが往診で持ってるようなカバン)。足元には、磨かれた革靴が光っていた。いかにもお金がかかってそうな身なり。

 その男性は僕の斜め前に立って、すぐにバッグを網棚へ載せようとした。しかし上手くいかない。車内が揺れていることもあるけど、なにより体格に不釣り合いな大きさのバッグ。背伸びをしながら載せようとするのを見て、僕は気が気じゃなかった。あれが落ちてきたら、絶対に痛いと思ったから。

 なんとかバッグを置いた男性は、何事もなかったみたいに新聞を広げる。でもそれが、雑誌を読むみたいな広げ方で。両脇の人にも当たっているし、なんなら新聞の先端が僕の顔にも触れそうだった。

 しばらく経って、男性が降りる準備をはじめた。新聞を脇に挟みながら、網棚のバッグを片手で降ろそうとする。いや無理じゃない?と思ったけど、当然のようにバッグを落としてしまい、目の間に座る女性に直撃したのだ。心地よく居眠りをしていた女性は、文字通り叩き起こされ、奇声をあげる。そりゃ驚くだろうし、痛かったと思う。

 けれどバッグを落とした本人は、何も言わず、そそくさと電車を降りた。すみません、くらい言うものでしょうと驚いたけれど、そういった道徳観は持ち合わせてなかったみたいだ。

 「品性は金で買えないよ」という漫画の台詞を思い出した。どんなに高い服を着ていても、周りの迷惑を考えられない、謝ることすらできないなら、道徳的に立派な人物とは言えないわけで。ただ同時に、道徳的である必要がないくらい、偉い人だったり、権力を持っていたなら、そんなこと気にする理由もないのかもしれない。

 道徳というのは、法で定められているわけじゃないから、守らなくたっていいわけで。というか共通した基準がないのだから、守るも何もないよね。自分にとって道徳的な行動が、相手にとってもそうとは限らないのだから。

 バッグを落とした男性を悪者みたいに書いたけど。あの人なりの道徳観があるのかもしれない。僕には想像がつかないけど、そういう考え方もできるだろうから。

 それよりも「自分自身の行動」がどうだったのかを振り返ってみると

 ・男性に座席をゆずる
 ・バッグを網棚に載せる手伝いをする
 ・新聞が当たっていると伝える
 ・落ちてきたバッグを受け止める
 ・女性の代わりに、男性を呼び止める

 こういう選択肢もあったわけで、さらに言うなら

 ・他人の身なりをあれこれ思うのはどうなのか
 ・みすぼらしい身なりなら座席をゆずったのか

 そんなことまで考えたなら、自分だって「道徳的」には程遠いだろう。

 「義を見てせざるは勇無きなり」なんて言葉を思い出した。自分の考える正しさを、唯一絶対なんて言うつもりはないよ。でも、見て見ぬふりしない勇気を持てたらって、少し思う。


撮影ワールド:Inokashira-Kōen Station(井の頭公園駅) by: nyanya さん

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