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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第1回 アイルランド篇 ――(2)

←(1)旅先から再び人生が始まる高揚感 からのつづき

アイルランド篇 ――
(2)リムリック出身作家の『アンジェラの灰』に出合う


 
メインストリートに面した渋赤カラーの店はすぐ見つかった。
扉を開け、レジ前の白髪男性(あとで店主のパットさんと知る)にHiと挨拶し、見ても?と一言添えると、ぼっちの初老アジア顔にいぶかしげだった表情がたちまち緩んだ。
もちろんさ。ここは本屋だよ! 
こまめな挨拶は旅する自分を常に助けてくれる。

文学、歴史、アートなど分野ごとに天井まで埋め尽くされたケルト文化の新古書コレクションに気圧されてウロウロしていると、お手伝いしましょうか、とパットさん。
とはいえ、ケルトについてまるで知識のない私はなにを質問すべきかもわからない。
中学生の姪にプレゼントしたくて、と姪などいないのに自分の無知と英語読解力がそのレベルだと明かすのが恥ずかしくて咄嗟に答えると大きく頷き、棚から選んでくれたのはフランク・マコート『アンジェラの灰』のペーパーバック(古書)。
カトリックの息苦しい規範社会で極貧と飲んだくれ親父に苦しみながら成長した著者の自伝的小説で、1997年にピュリッツァー賞を受賞している。ケルトとは直接関係ないけれど、著者は地元リムリック出身だ。

パラパラと見せてもらい、難しいかもと腰がひけた私に「大丈夫。著者は高校教師だったから、子どもにもやさしいテキストなんだ」。
そう言われると読めそうな気がしてきて8ユーロで購入。

支払いを終えると、パブに行くならここ、観光のイチ推しはバレン、などジモティならではの最新情報をくれ、撮ろうか? と最後には店の外で写真まで撮ってくれた。
気さくで慣れた対応に、ケルト専門を掲げることで、来店者には内外の旅行者も多いのだろうなと感じた。

ダブリンから到着するバス終点のすぐ『The Celtic Bookshop』

その晩は宿のパブで夕食。ハンサムなテーブル係が勧めてくれたアイリッシュ赤ビールMURPHY’Sがしっくりきすぎてお替わりまで。
その彼が、寒くない?  と訊いて火を入れてくれたストーブの傍でグラスを傾け、店自慢の具沢山シーフードチャウダーをすするうちに人生の重力からみるみる自由になる。
往年のアメリカンロックスター、クリッシー・ハインドが歌う『I shall be released』が流れていた。
酔ってもいいや。2階に上がって寝るだけだから。

魚介類、野菜、豆類たっぷりのシーフードチャウダーと
アイリッシュ赤ビールMURPHY’S
(リムリックのB&B1階パブ)
リムリックの夜。静かでロマンチックなB&B前の小径


(3)はるばる来たよ、アラン島を望む断崖へ へつづく
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