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【翻訳部辞書:A】apple of my eye

はじめまして、フジタと申します。翻訳部に所属していますが、最近は翻訳部の業務に関与することは減ってきていて、主に編集部で書籍の制作などに携わっています。そんな私ですが、昨年末から始まったnote「翻訳部の部屋」に活気を加える手伝いが何かできないものかと考えていました。

充実した投稿が続いているので、余計なおせっかいだったかもしれません。でも、ガチな翻訳ネタ以外に気楽な記事もあってよいのではと思って、この「翻訳部辞書」という企画を提案しました。

「翻訳部辞書」では、辞書のようにA~Zのアルファベットごとにその文字で始まる言葉を取り上げて、翻訳部のメンバーが自由に記事を書くことになっています。まず言い出しっぺの私がAを担当しますが、すでに他のメンバーの記事を楽しみにしています。辞書に無数の言葉が並んでいるように「翻訳部の部屋」も長く続くといいなと思います。

むかしむかし…

むかしむかしの話です。私は秋葉原のいわゆる「電気街」からは少し離れたところにある小さなパソコン組み立てショップで働いていました。私は営業担当だったので組み立てはしていませんでしたが、出来上がったパソコンの動作テストやOSのプレインストール、トラブルシューティング、梱包と出荷、顧客サポート、接客、見積もりなど、やることは多く忙しい毎日でした。

そんな慌ただしい仕事の合間に、ほっと気持ちの和むひとときもありました。CDやDVDのドライブとサウンド機能の動作確認と称して、自分の好きな音楽CDをいつも使っていたのですが、それがスティーヴィー・ワンダーの"Talking Book"というアルバムでした。揺らめくような電気ピアノのイントロから始まる1曲目の"You Are the Sunshine of My Life"が流れると、心の緊張がほぐれて気持ちをリセットできていた記憶があります。
タイトルどおり穏やかで明るい曲調の歌ですが、こんな歌詞で始まります。

You are the sunshine of my life
That's why I'll always be around
You are the apple of my eye
Forever you'll stay in my heart
(作詞:Stevie Wonder)

特に気に入っていたのが3行目でした。この"apple of my eye"というフレーズは昔からある慣用的な表現で、この上なく大事に思う人や物のことを表現したいときに使われるようです(もともとは目の瞳孔を指していたらしい)。けれども私はそれを知らず、目の見えないスティーヴィー・ワンダーだからこそ発想できた独自の詩的表現だと思い込んでいたのです。かけがえのない人のことをこんなふうに表現できるなんて……と感じ入ってしまっていたのでした。慣用句だと知ったのはごく最近のことです。

もちろん、いまならちょっと検索すれば答えや諸説がいくらでも見つかるでしょう。けれども、当時の私には調べようという発想すらありませんでした。マヌケと言われればそれまでです。でも、1行目の"sunshine"だって彼には特別なものだったに違いないという思い入れと電気ピアノの揺らめき効果で、3行目の前にすでに私は魔法にかかっていたのだと思います。

ノンネイティブだからこそ

しかしよくよく考えてみると、どれほど言い古された言葉であっても、最初にそれが「発明」されたときには新鮮な輝きがあったはずです。また、慣用句として定着したあとも初めて接する人にとっては「発見」であり、ときには驚きや感動を与えてくれます(たとえそれが勘違いであったとしても)。ノンネイティブであることは、こうした出会いを多く味わえる特権なのかもしれませんね。

ところで日本語では、子どもなどがかわいくてしょうがないときに「目の中に入れても痛くない」という表現をよく使います。日本語ネイティブは何の違和感もなく使っていますが、こういう言葉に初めて接する日本語学習者が何を感じるのか、ちょっと興味がわいてきます。「ドウヤッテイレルノデスカ?」とか「フツーニイタイデショ」と言われても、ネイティブとして胸を張って答えられる自信はもちろんありません。それが慣れというものでしょう。

さいごに

久しぶりに"You Are the Sunshine of My Life"を聴いてみましたが、なんだかちょっとこみ上げてきてしまいました。古い曲ですが有名なので耳にしたことがある人は多いでしょう。知らないという人もよかったら聴いてみてください。検索すればYouTube動画とかが見つかると思います。でも、目を閉じて耳を傾けてみるのも悪くないかもしれません。アルバムリリース当時、スティーヴィー・ワンダーは22歳でした。

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