見出し画像

【翻訳のヒント】語彙や表現の引き出しを増やすには

こんにちは。佐藤です。先月の記事「翻訳者に求められる能力」で説明したとおり、翻訳者の仕事とは、原文を読んで内容を理解し、その分野にふさわしい用語と表現を使い、自然な日本語でアウトプットすることです。※英日翻訳を前提として書いています。

そこで重要になるのが語彙力です。技術用語を覚えることはもちろんですが、完全に1対1では対応していない英語と日本語のギャップを埋めるために、多様な語彙を駆使する力が必要になります。

語彙力は翻訳者にとって大きな財産です。この財産を増やし、的確に運用するにはどうしたらいいでしょうか?翻訳部で主に翻訳やレビューを担当しているスタッフに、経験談やおすすめの方法を聞いてみました。

普段から文章を多く読む

「語彙や表現の引き出しを増やすために努力していることは?」という質問に対して一番多かった答えは、「日ごろから多くの文書を読む」「普段から用例を意識する」でした。

オンラインヘルプ、製品パンフレット、ユーザーインターフェース、ブログ記事、プレスリリースなど、特定の種類のコンテンツを訳すことが多い場合は、普段から意識して同様のコンテンツに触れ、それぞれの場面でよく使われる表現を頭に入れておくと役立ちます。できれば、翻訳されたものより、一から日本語で書かれたものがいいですね。日本人が普通に日本語で考えて日本語でアウトプットするとこうなる、という感覚に親しんでおくと、いわゆる翻訳調に陥るのを回避しやすくなります。

小説や新聞を読むこともおすすめです。小説では、人の感情や物事の状況がさまざまな言葉で描写されます。そうした表現をたっぷり浴びておくと、自分で翻訳するときに、脳みその奥から自然に言葉が湧いてくることがあります。新聞は、さまざまな社会的事象で使われる用語に効率よく触れられる場所です。全部を熟読する必要はありませんが、大きな見出しと、目についた記事を読むだけでも、脳みそに刻まれる用語はあるはずです。普段の自分なら進んで読まないようなトピックが目に入ってくるのも、新聞のいいところです。こうした経験を通じて、「どこかで読んだな?」というフックを作ることが大切です。

「翻訳者たるものは活字中毒でなければならない」というのが私の持論です。ペットボトルのラベルでも、飲食店のメニューでも、トイレの注意書きでも、目につく文字はとりあえず読み、脳を通過させておく癖をつけたいものです。

辞書を使い倒す

次に多かったのは、「辞書を活用する」という回答でした。知らない英単語が出てきたら辞書を引くのは当然ですが、一番目の語義にすぐ飛びつかず、二番目、三番目の語義もしっかり読むことで、文脈に最も合う表現を見つけられますし、その単語への理解も深まります。

英和辞典で納得のいく言葉が見つからないときは、類語辞典や英英辞典を積極的に参照するという声も多くありました。並んでいる語義だけでなく、その語の基本コンセプトにより意識を向けて、最適な日本語表現を探すことが、語彙力の強化につながります。

私の経験談をひとつご紹介しましょう。あるゲームの攻略本を翻訳しているときに、"kill"という単語をどう訳すかで悩んだことがありました。「牧場の豚をkillする」「モンスターをkillする」という文脈で、「豚を<殺す>」も「モンスターを<殺す>」も間違いではないけれど、表現がきつすぎる感じがしました。そこで、いくつかの英和辞典と類語辞典をあたり、できるだけ多様な表現を探し出しました。

殺す、殺める、つぶす、屠殺する、倒す、仕留める、屠る(ほふる)、弑する(しいする)

(実を言うと、最後2つは辞典ではなく、中学生の頃に読んだヒロイックファンタジー小説で覚えた言葉です。小説が語彙力強化に役立つ実例ですね!)

できれば豚にもモンスターにも同じ表現を使いたかったので、あれこれ考えた結果、基本的には「倒す」を採用することにしました。そして、どうしても違和感があるときは、自動詞化して「〇〇が死ぬ」という表現に言い換えたりもしました。ここに至るまでにはかなり時間がかかったのですが、自分でも、こんなにバリエーションを見つけられるんだなと勉強になった事例でした。

検索を活用する

受験勉強のように単語を丸暗記しても、ふさわしい場面で使えなければ意味がないので、「新しい用語が出てきたらGoogle検索をして、用例とセットで頭に入れる」という方法を挙げた人もいました。とりあえず日本語に置き換えて満足するのではなく、実際にどう使われているかを学び、自分の言葉として使えるようにするのは大切な姿勢です。

検索の面白い活用法として、画像検索を挙げる声もありました。辞書を引いても出てこないし、Googleで検索してもこれといった解説ページが見当たらない。これはいったい何だろう……と行き詰まったときに、Googleの画像検索の結果を見て、それにふさわしい日本語を探し当てるというやり方です。これもひとつの訳語探しの方法ですね。

一昔前、インターネットや検索技術がこれほど発達していなかった頃は、技術用語をひとつ調べるにも、図書館や資料室に行かねばなりませんでした。今は実際に足を運ばなくても、頭に全部記憶しておかなくても、インターネットを脳みそ代わりに使える時代です。検索を駆使して、いろいろな表現を探し出す能力も、語彙力のうちと言えます。

ときには自分の常識を疑うことも必要

辞書の一番目の語義に飛びつかない、という話にも共通することですが、実は、自分の固定概念や思い込みが適切な言葉選びの壁になる場合があります。気づかないうちに身についてしまった言葉や表現が、本当にその文脈や今の時代にふさわしいものかを見直す意識が必要とする指摘もありました。

この意見を聞いて思い出したのは、数年前に私自身が"a word processing app"をほとんど条件反射で「ワープロアプリ」と訳そうとして、ふと抱いた違和感です。果たして「ワープロ」は今の若い世代に通じる言葉なのか?不安に思って20代の同僚に尋ねたところ、やはり「ワープロ」はぴんと来ないようだったので、「文書作成アプリ」と言い換えることにした経験がありました。一度身につけた言葉をずっとそのまま使えるわけではない例のひとつだと思います。

言葉は時代によっても変わってくるので、これまでの蓄積をベースに、現在進行形でアンテナを張り、ときには頭の中の単語帳をアップデートしながら、日々さまざまな言葉に触れる努力をすることが大切だと感じています。皆さんも、語彙力を高めるおすすめの方法がありましたら、ぜひシェアしてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?