Sleep Cop ~睡眠捜査官(3面)

トントンカンカン、トントンカンカン。

なぁ働き者の靴屋の話を聞いたかい？

夫婦で2人の子供を毎晩毎晩服も与えずに働かせてたって話さ。トントンカンカン、トントンカンカン。自分達が金持ちになるまでずっとな。裸だから逃げ出さないし、まぁ本物の親でもあるからな。しかしある夜とうとうわずかばかりの靴の革で隠すとこ隠して逃げちまったらしい。

その夫婦から金を預かったんだ。

自分達が非難されない様、何か美しい寓話にでもしてくれないかってさ。

いつものようにやってくれよ。なぁグリム。

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第3章
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「10sec.(セカンズ)でいいんだよ。頼む。分けてくれよ。10セカンズ。」

薄汚れた男は血走った眼で急用でもあるかの様に言った。

重度の睡眠障害者だとわかる。

睡眠障害ー昔は違う意味で使われていた言葉らしいが、今では1セカンド(秒)でも長く眠りたい堕落者や社会不適合者のことだ。

違法就寝者達はほとんど睡眠障害を患っている。

「おい。まずは金だ。ジャパニーズ¥イエンで持ってきたのか？ チャイニーズ¥ユアンはもう使えないんだ。」

高そうなスーツを着た男が言った。

薄汚れた男は尻ポケットに義手を突込み、くちゃくちゃの3枚の紙幣を取り出し、それを不眠で震える手で渡した。

「なぁ…これで何とか頼む。10いや、8セカンズでもいい。」

身なりのいい方の男は受け取った紙幣のシワを伸ばして言った。

「あきれたな。コーリャン₩ウォンじゃないか。高麗朝鮮人以外もう使ってないぞ。だったら美味いチゲでも持って来いよ。ほら、これで最後だぞ。10セカンズだ。」

スーツの男はリアル・カモミール(R.C=睡眠剤の一種)を1包差し出した。

「悪ィなぁ。アンタやっぱり最高だ。他のやつらは偉くなってからみんな俺を避けてやがる。」

そう言うと薄汚れた男はポケットから空気式のピローを膨らませ、自らの首に巻いた。

「おい、ここで眠るのか？」

スーツの男は呆れ顔で言った。

薄汚れた男は、
「アンタが見ててくれりゃ安心だ。」

そう言うと座って建物に寄り掛かり、R.Cを鼻から吸い込んだ。

とたんにその男の首はピローに支えられて、意識を失った。


スーツ男はやや不機嫌顔で左右に少し目をやり、溜め息を一つ落としてから手元の時計に目をやった。

「…4、3、2、1、-ゲロッパ。」

ちょうど10秒。ピロー男はゆっくり目を開け、空を見上げながら立ち上がって話し始めた。

「あぁ…久々に眠った！ 最高の気分だよ。一気にノンレムに飛び込んでその後レムまでググッと登って…。」

スーツ男は説明を遮った。

「それは良かったな。じゃぁ今度チゲでも奢れよ。」
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そう言うと待機していた部下2人を連れて、21世紀から在るであろう老朽化した建物の間をすり抜けていった。

スーツ男の名は“ナイトメア”。いつかトラブルを起こした相手に本物の悪夢を見せた時からそう呼ばれている。本名は誰も知らない。政府指定テロ組織“sleep-tight”の上級幹部で、スリープギバーでもある。

スリープギバーとはありとあらゆる違法睡眠導入物を取り扱ういわゆる闇ディーラーである。
必要なら粉末睡眠薬からトゥルースリーパー、蕎麦殻枕、アイドルのプリント抱き枕まで調達する。睡眠時間は1セカンドから金持ち相手には8時間、2度寝まで取り扱った事もある。もちろん就寝場所も色々提供している。

闇稼業には危険が付き物だ。なので殺しの腕前も超一流なのだった。全国指名手配中で“賞眠(しょうみん=手配中の者を捕まえた者に日本政府から与えられる睡眠時間)”も1時間、情報提供者にも破格の20分が付いていた。

そんな彼の今日の目的は先の旧知の客に会う事ではなかった。

また、自らの呼び名をさらに広めるため事件を起こす事でもなかった。

ただ畳のある宿にゴロ寝しに来たのである。

彼は幼い頃、夜8時半になったらおばあちゃんの家の畳の上に布団をひいて寝るという旧体制の日本育ちの人間だった。

他はどうでも、これだけはやめられない。
部下はいつも止めるのだが、月1回のゴロ寝はどうしても必要だった。

人には色々バランスを取るための趣味や嗜好がある。 そんなわけで俺はこれでいいのだ、と思っていた。

そして今日、いつも通りここ東京都マンハッタン区にあるテナントビルの宿屋で畳-butonを用意させた。

宿屋というのは座って軽食と茶を飲む昔で言うところの喫茶店で、ここは表向きは海外旅行者向けの畳喫茶であるが奥に実際に眠ることのできる部屋がある。ー当然違法行為なのでこれは有料会員しか知らない事だった。

彼はいつも通りのチェックを済ませ、奥の部屋で仮眠の為にゴロゴロしていた。い草の香りが妙に懐かしく、5分前に飲んだラベンダードリンクが効いて眠り始めた。

どれぐらい眠った頃だろう？

遠くからアラーム音が聞こえてそれが近付いて来る。

起きろと言う声も聞こえる。

部下にしては言い方が乱暴だ。

意識がはっきりするには遅すぎた。

「起きろ。スリープ コップだ。お前には黙秘権がない。」

(続く)