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自衛隊――労働環境の思い出

 1 趣旨 

 本記事では、わたしが体験した自衛隊の労働環境について検討していきます。

 わたしは大学卒業後自衛隊に就職し、幹部(管理職採用枠)として約10年間働きました。

 自衛隊は20万人の労働者を抱え、100以上の勤務地を持つ巨大な組織です。わたしの体験もごく限られた範囲でしかないので了承願います。


 2 反自衛隊勢力はどこにいるのか

 自衛隊をやめて、とある会社に転職して驚いたのは、自分の所属する組織を悪く言う人間があまりいないということでした。わたしは、運よくそこまでブラックではない会社に入ることができた、と感じました。

 自衛隊にいる間は、朝から晩まで組織に対する愚痴を聞きました。愚痴というよりは、腐っている・終わっていることを前提にして、ジョークで盛り上がっているという雰囲気でした。

 あくまでわたしが勤務した職場の話であって、別の職場は違うのかもしれません。

 「Honne.biz」という職業・職種の評判やレビューを集めたサイトがあり、自衛隊のページもあります。

 http://honne.biz/job/aa190/

 このページを見ると、ほぼ悪口しかありません。しかし、わたしの知る限りでは内部の人間が自衛隊に抱いている感情はこのページに近いです。

 捨て駒として使われる兵隊だけでなく、将官に近いパイロットや船乗りも、「いつ辞めようかな」等と話していました。

 なので、昔と異なり自衛隊に対する世間のイメージが回復した今では、反自衛隊は自衛隊の中にたくさんいるのではないかと考えるようになりました。

 「自分の組織は素晴らしい」、「毎日が充実している」、「なんていい職業なんだ」という考えを持っている人は今まで2、3人にしか会いませんでした。いずれも変な人で、出世コースに乗っているが周りを困らせてばかりいる人か、暑苦しい指導で意図せず部下たちを心療内科に送り込んでいるような人、同僚に毛嫌いされている人でした。


 3 人さらいの系譜

 防衛省の広報が、Youtubeにリクルート動画をアップロードしています。

 https://www.youtube.com/watch?v=Tm-joGLGRZ0

 当時、わたしの周囲ではこの動画に怒りを覚える人間が多数でした。ほとんどが嘘か、ごく一部の幸運に恵まれた人しか得られない待遇だからです。

 自衛隊はここ数年採用難で、雇わなければならない人数を毎年下回っています。すると、定年退職者が増えるたびに補充の要員が不足していき、計画どおりの業務ができなくなるので問題になっています。

 現場にも、募集難の問題について文書が届きますが、根本原因を変えようという動きはほとんどありません。

 魅力がない、人が集まらない原因は置いておいて、いかに若い高校生・大学生を説得して入隊させるか、親戚や近所の知り合いの子供を入隊させるかだけに焦点をあてている印象を受けます。


 4 なぜ嫌われるのか

 周りの人間の話や、見聞したところを総合して、なぜ自衛隊が自衛隊員から嫌われるのか、人気がないのかを検討しました。思いついたのは以下の通りです。

・給料……勤務年数が少ない間はかなり安い。残業の概念がないので、定額働かせ放題。高い給料がもらえるのは、一部の職種になれた人(パイロットや搭乗員、離島勤務、潜水艦等)

・労働時間……規則では約8時間労働だが、大抵の職場はそれ以上働く。入隊後に決定する職種と勤務地、その時の上司や先輩といった要素によっては、運よく定時上がりの職場に配置される。

 それ以外は、朝6時起床とともに掃除、コーヒー準備、先輩の雑用、夕方以降は残業、先輩の仕事の肩代わりなどで、起きてから寝るまで働くことになる。

 土日は、当直や、待機、雪かきや雑用などでつぶれることがある。

 幹部(管理職採用の人や、管理職)は、大抵残業している。土日も私服で職場に来て、朝から夕方までパソコンに向かっていることがある。

・余暇……基地に住んでいる人は外出申請・遠方外出の際は行動計画の申請が必要。

 週末に入る前に申請をもらいにいくときに、隊長の機嫌が悪かったり忙しそうにしていたりするとハンコをもらいにいけないので、そのときはあきらめる。

 たまに「自衛官は24時間365日臨戦態勢だ」といって一切有休をとらせてくれない先輩がいる。それは運次第。

・仕事……わたしの知っている範囲でしかないが、皆、無用な書類の作成に追われている。

 職場の先任は、働き方改革に伴う残業時間削減の記録をつけて提出するために残業している。

 だれも読まない書類を作るためにハンコをもらい、関係者全員が無意味と思っている業務を皆でやっている。


 5 ある管理職の交渉術

 若い人間が多くなると、昔の文化は修正されていくのが通常ですが、自衛隊ではついてこられない人が去って、古い文化が凝縮されていくこともあります。

 ある管理職は、自分の担当業務について合意をとって進めるため、毎日深夜0時過ぎまで職場に残っていました。ある文書について了解を得たい場合は、深夜1時、2時にメールで送信して確認依頼することで、「こんな夜中までやっているのだ」というプレッシャーを与えているということでした。

 こういう働き方をする管理職が多いので、管理職の不足が深刻な問題になっています。


 6 私の場合 運がよかった人間の例

 以上のとおり、労働環境としての自衛隊は……

1 人使いが荒い

2 安い・自由がない

3 労働の8、9割はやりがいがない

 というものであり、そのため人が集まらず、離職者が多いのではないかと考えます。


 ところが、わたしは10年間働いてきましたが、運よくブラック労働環境を回避することができました。わたしの同期は皆ひどい長時間労働や過労で体や精神を壊していますが、わたしは非常に健康的に過ごすことができました。

 具体的には……


・10年間を通じて、教育・研修期間等を除いて、ほぼ定時で帰ることができた。

・意図せぬ残業は2、3週間に1回、保守している器材が壊れたり、部下がトラブルをおこして警察につかまったりしたときだけ。

・人間のできている上司、部下にめぐまれた。パワハラ人間もいたが、逆切れして乗り切ることができた。

・ほぼ定時上がりできたので、高校生より早く家に帰ることができた。空き時間で格闘技や読書、ゲームなどに打ち込むことができた。

・自衛隊だけでなく、他省庁や政府の業務に関わることができた。また米軍で2年間働くことができたので、転職の話のネタになった。


 わたしのように幸運な生活を送ることができるのはごく一部だと思います。これは、わたしの能力にはまったく関係なく、ただ運がよかっただけと断定できます。

 仲の良い私の同期は、毎日深夜まで残らされ、上司に3、4時間直立不動で罵倒されていました。別の同期はパワハラで胃から出血して入院しました。

 ある同期は、上司の機嫌を損ねたために机を建物の外に移されました。この人はすぐに退職して別の仕事をしています。


 出自について書いたとおり、わたしはそもそもニート志望だったので、ムダな残業や犠牲を払いたくありませんでした。

 ですので、怒られてクビにならないぎりぎりまで手を抜くことで残業や休日出勤を回避しました。

 その際、部下(管理職なので、初めから係長や班長等の役職に配置されます)に迷惑がかからないことだけはある程度考慮しました。


 意図せぬ残業をしたのは、保守を担当している重要な器材(防空レーダーや暗号電話等)が壊れたとき、部下が海岸のボートを盗んで逃走したときくらいです。

 そのような一大事であれば、仕方がないとあきらめがつきます。

 たいていの人がやっているのは、上司が帰るまで帰れないという付き合い残業や、定時と同時に変えると白い目で見られるという恐れからくる自粛残業、また無用な書類を処理するための残業だと思います。


 自衛隊の中枢機関である幕僚監部に行くと、長時間労働は避けられません。時給換算すると、地方の高校生アルバイトよりも安くなります。

 わたしはそのような環境でやっていけるとは思えなかったので、転職しました。


 7 まとめ

 定年まで働く気はまったくありませんでしたが、自衛隊で働いたことはよい思い出であり、よい経験になりました。

 もし入隊希望の方がおられればリクルーターを紹介します。

 I WANT YOU FOR JSDF! 

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