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推論とりで 1

 先日、仕事をクビになりました。理由は、わたしの態度がお客の前に出せないというものです。それまで2年近く、販売店で働いており、とくに不満もありませんでしたが、あるときトラブルに巻き込まれてから、いろいろとおかしくなりました。

 アルバイトとして働いている粘菌店は、駅から歩いて10分ほどの位置にあります。そのため、電車を乗って流れてくる異様な人間や、怪しい人間たちをよく見かけます。

 いつものように粘菌の入っているガラスケースを布巾で清掃していたところ、まだ開店前にもかかわらず扉をあけて5、6人の男たちが入ってきました。

「輩がきた」

 わたしは、何事かとおもいましたが、手は止めずにガラスを拭き続けます。

 男たちは黒く、すすけた服を着ていますが、顔を真っ黒に塗って、目は黄色く濁っています。なぜこの男たちが顔を黒塗りにしているのかわかりません。しかも、この男たちはわたしを見て、笑いをこらえられないというような顔をしています。

 この異様な男たちに関わってはいけないと思い、わたしはカウンターを抜けて倉庫に移動しました。すると、この男たちは、1列縦隊となって、歩調をそろえて、大笑いしながらわたしの後ろをついてきます。

「仏露! 仏露! 仏露!」

 男たちの、意味のわからない掛け声と笑い声は、粘菌店中にひびきわたり、ガラスケースが共鳴しました。わたしの耳だけでなく、脳にもこの文言と、人間性の欠如した笑い声が突き刺さります。

 わたしはすでに男たちに存在を補足されています。

 その日一日の労働が、台無しになりました。時給をもらっても、こんな輩に関わりたくないという気分でいっぱいでした。

 店長と話していても、客の相手をしていても、その肩越しに5、6人の男がいて、黄色い濁った眼でわたしを見下し、大きく口をあけて笑い、いろいろとわたしの心を見破ってきました。

 男たちの歯が非常に汚れており、大口を開けて声を発するたびに、死んだ粘菌のような、耐えがたい臭いがただよってきます。

「あなた、ばれてますよ」

「無駄ですよ。全部、皆知ってて黙ってるんですよ」

 男たちがわたしに言いました。それが、8時間の勤務の間ずっと続きました。

 わたしはその日以来、仕事にいくのが嫌でたまらなくなりました。夜、寝る時間になると、また明日も輩にからまれるのかと思い、沈んだ気分になりました。


 

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