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サンタクロース~08.もうすぐクリスマス

8 もうすぐクリスマス

 その日も、いつものように学校が終わるとアンがトトの家へとやって来ました。
「今日はどんな話を聞かせてくれるんだい、アン」
 トトはいつもの大きな椅子に座り、アンは向かい側の真っ赤なアン専用の椅子に座ります。テーブルにはアンが好きなイチゴのキャンディーとビスケットがのっています。もちろん家具もお菓子も全て見知らぬ老人から貰った箱から出した物です。
 トトはいれたてのコーヒーのカップに息を吹きかけて冷ましながら、少しずつ口に入れていきます。
「今日は、クリスマスの話!」
 アンがトトの返事を待たずに話を始めます。
「ねぇ、クリスマスって、なにか特別な気がしない?」
 アンはキャンディーの包みをクルクルとほどきながら、トトの顔を覗き込みます。
「プレゼントが貰えるからかい?」
「違うわよ。もちろんプレゼントは嬉しいけれど、いまの時期、街へ出ると綺麗なイルミネーションにクリスマスの音楽が流れているでしょう。とても心がウキウキするわ!」
「そうかい?」
 トトの返事にアンは少し不満そうです。
「トトはあまり外に出ないからよ。街へ出てご覧なさい。赤や緑のライトに真っ白な雪。目を閉じると『シャン、シャン、シャン』とトナカイの鈴の音が聞こえてきそうよ」
 アンが上を見上げて目を閉じると、頭の中で空想をしています。
「でも、寒いじゃないか」
 その一言に、アンはキッとトトに顔を向けると、パッと立ち上がりました。
「いまから一緒に外へ出かけます!」
「なんだって? こんな寒い日に外に出るというのかい」
 トトは呆れて椅子に深くもたれました。
「いいえ、今の一言は『みんなに楽しい気持ちになってもらおう』と思って、お店の前にツリーやクリスマスリーフを飾っているジャックのパン屋に対して失礼です! 謝りに行くべきよ」
 アンが口を尖らせて言いました。
「ジャックのオヤジは、ただみんなにパンを買って欲しいだけだろ」
「まぁ、なんてことを言うのかしら?」
 アンが首を左右に振り、信じられないといった仕草を見せます。
「たしかに普段のジャックは嫌な人よ。でも、あの綺麗なツリーとリーフを見て『息子のスタンはお菓子をおまけしてくれるけれど、父親のジャックときたら口を開けば他人の悪口ばかり。これはそんなジャックのツリーね!』って思うかしら?」
 芝居がかった口調でアンが言います。
「それなら、そのツリーはきっとスタンが用意したんだろう。そもそも、あの卑しいジャックが金にもならない物を用意するわけがないんだから」
「いいえ、違います。ジャックがスタインバックのお店でお金を払って、ツリーを買うところをママが見ているんですもの」
 アンが得意げに答え、話を続けます。
「それに、音楽だってそうよ。街に出るといろんな所でクリスマスの音楽がかかっているわ。とても楽しい気持ちになるもの」
 そう言うと、アンは鼻歌を歌ってみせました。トトもクリスマスの街の様子を思い出してみます。
「そうかな……」
 やっぱりトトには理解が出来ません。
「そうよ。でも賛美歌は違うわ。……なんて言うのかしら、そう。厳粛な気持ちになるわ。心が綺麗になっていく感じよ」
 アンはまるで舞台の俳優さんのよう。短い話の中で笑ったり、真面目な顔をしてみたり、怒ったりと色々な表情を見せます。トトはそんなアンと話をするのが楽しくて仕方ありません。
「わかった。今度外に行ってみるよ」
 トトがつぶやきました。
「ほんとに!」
 アンは嬉しくて、目を大きく開いてトトを見つめました。
「あぁ、今度な」
 アンの喜びをよそに、少しだけ『街へ出てクリスマスを体験してみたいなぁ』と思うトトと、『とりあえず今日は外に出なくて済んだ』と安心しているトトでした。


つづく ~  09.古びたドレス


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