Takahiro Kobayashi

サブスリー | 2:53:53(東京2024) | フル(以上)完走33回 | トレラ…

Takahiro Kobayashi

サブスリー | 2:53:53(東京2024) | フル(以上)完走33回 | トレラン2年目 | 熱波師検定A | サウナ・スパプロフェッショナル | 温泉ソムリエ | 英検1級 | 一児(♂)の父

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自己紹介

多くの記事がある中で、ご覧いただきありがとうございます。 僕自身、約1年間ほどNoteに毎日投稿してますが「アカウントの中の人柄が分からない状態」で記事を見てもらえるのか、という疑問が湧いてきました。(いまさら) 読者の方にとって有益な情報を発信し続けるメディアのような位置付けであれば、アカウントの中身が分からなくとも問題はないと思います。 ただ、僕自身がNoteを投稿し続ける目的を「有益な情報の発信」には置いてません。 なので、少しでもアカウントの中身に興味を持って

    • 認知動作型は種目よりフェーズ

      子供の脳の発育について親としてはどう接してあげるのが良いのかを考える。 1歳9ヶ月の今は身体の基礎を作るために自然の中で遊ばせてあげるのが良いと考える。 日常動作から離れる動作を行う競技は技術の比率が高くなるので、競争力の観点からだとある程度早めに始めさせてあげる必要はある。 ただ競争力の観点は今回は排除して、脳の発育観点で考えてみる。個人的にはダンス、格闘技、ピアノ(楽器)、言語(英語)は認知動作型なので、脳の発達に役立つのではないかと考える。 考えながら動作を行う

      • "履き分け"の意識を高めてみる

        多くの人は歩くことに無頓着。誰でもできる行為であるのだけれど、誰も歩くことに対して意識がなく単に楽なように歩いている。 だから変な癖がついてしまったり、あるいは高機能なシューズに頼って身体側を怠けさせてしまっていることも多々ある。 歩くことを改善できれば1日1万回の行為を改善できるので"チリツモインパクト"は文字通り測り知れない。 何も考えずいつも同じシューズを履き続けることに違和感を覚えてきた。移動という目的だけでなく、普段の生活からトレーニングやリカバリも兼ねた方が

        • 20年後のタイムマシン思考

          もし(if)、の威力って人間ならではの思考ツールだよなぁと感じた話。その使い方次第では人生のQOLを大きく左右するツールだ。 僕が親に会うのは年に3-4回。日数に変換したら10日ほどだろう。父親は今年で70歳になる。母親も63歳になる。あと何回ほど両親に会えるのだろう。 今のペースだと日数にすると200日くらいかな。日数にすると半年ちょっと。ただ24時間ずっと一緒にいるわけではないので、その1/3くらいか。 そうなると1日1日、1回1回の時間を大切にしなくてはならないと

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          高級宿よりBBQのできるAirbnbの価値観

          「すべて準備されたBBQならば焼肉店に行った方が良いよなぁ」と感じることがある。BBQの目的は美味しいお肉を食べることではなく、そのプロセスにある。 つまりプロセス(体験)を商品としていないものに対してお金を払うことに違和感を覚え始めてきた。対価となるお金の価格に対して機能で得られる喜びが見合っていないのだ。 3月にアメリカでマーケティングカンファレンスに参加した際も通訳さんがいてくれて、わざわざ通訳してくれようとしていたが僕の場合はアウトプットに関しては全く必要ない。む

          高級宿よりBBQのできるAirbnbの価値観

          走る、は走る以上の意味を持つ

          走っているときは1人の時間なので色々と考える。血流も良いので色々と考えが捗る。僕にとっては不可欠な内省の時間だ。 思考にリソースが回せるレベルの強度で。もちろん高強度でもトレーニング後は血流も細胞も活発なので色々と思考も捗る。日常生活では沈殿している思考を掬い上げられる感覚。 備忘的に言語化して書き残す。 とりあえず忘れないうちに書き連ねるのでこれから書き連ねるものは文脈破綻しているが、そういう背景がある。 1.シューズ選びのモノサシを構築していく 自分に合ったシュー

          走る、は走る以上の意味を持つ

          サウナとベアフットランの共通点

          脳は刺激に慣れる。慣れたら刺激として知覚できなくなりレスポンスが鈍化する。最近繰り返し書いてるが慣れた正しいトレーニングよりも慣れてないトレーニングの方が効果が高い。 このトレーニングの観点からサウナとベアフットランって効果を得るには脳に慣れさせてはならないカテゴリなんだよなぁと思った話。 まずは脳の適応と順化について。コーヒーのカフェインを毎日摂取しているとカフェインによる覚醒効果が弱まるため、アスリートの中には試合前に1週間ほど"コーヒー断ち"の期間を設ける人もいる。

          サウナとベアフットランの共通点

          動物として退化させない

          現代生活を生きる人たちは「人間としては進化してても、動物としては退化している」だろう。便利と引き換えに動物としての強さを失いつつある。 「使わないものは衰える」という生物としての原理原則がある。ココには抗えない。昔は不便で必要だったことが便利になったことで不要となった。 最近は体幹トレーニングに取り組んでいるからか、ソファに座っていると体幹を全く必要としてないことに凄く違和感を覚える。 楽なのだが身体としては良くないなぁと座りながら認識できるようになってきた。問題は便利

          動物として退化させない

          脳の適応と循環とインターバル

          脳は適応と順化を繰り返す。同じ刺激を与えていても脳はその刺激に慣れてしまい飽きる。そうすると成長が鈍化していく。これは原理原則だ。 だから脳を飽きさせないように変化を与え続けることが継続的な成長観点では必要なこと。 もちろん適応と順化のプロセスを一から始めるには一度コンフォートゾーンの外に出る必要があるので、多くの人はやりたがらない。だから職場など同じ場所に留まる。 正しい慣れたトレーニングよりも慣れてないトレーニングの方が効果が高い。これは常に頭に入れておく。継続的に

          脳の適応と循環とインターバル

          100マイルを知った状態で生きる期間を長くしたい

          100マイルレースをなる早で走っておきたい。100マイルを知った状態で生きるのと、知らない状態で生きるのでは物事の捉え方が変わってくるのではないか。 そんな想いを持っている。フルマラソンやウルトラマラソンを定期的に走ってると根拠のない自信が付いてくる。 苦しくても最後までやり抜くことで、自己肯定感が高まってくるのだろう。これまでは富士五湖ウルトラマラソンの118キロが最長距離。100マイルを走り抜いたことで得られる自信やオーラを身に纏いたい。 100マイル走り切っている

          100マイルを知った状態で生きる期間を長くしたい

          自分の身体にもっと投資する

          最近は自分の身体に対する意識がより一層高まってきている。年齢を重ねるにつれ清潔感の重要度は高まっていく。 身につけるものに無頓着であってはならない。ただ身につけるものよりも先に自分の身体に無頓着であってはならない。ただ身につけるものの方が実施難易度が低いのでそれに逃げてしまいがち。ただ体型なくしてイケオジはあり得ない。なので実施難易度が高い身体にしっかり向き合い着手する。 まずは、筋肉を付けて余分な糖質を消費してくれるエコシステムを作りたい。筋肉が減るとエネルギー消費量が

          自分の身体にもっと投資する

          相手にカロリーを使わせない

          人間を人間たらしめているものは言語化能力であると考えている。言語化力=語彙力×具体化力×伝達力。 多くの人は語彙力と伝達力の強化は試みても、具体化力は盲点になってることが多い。 具体化力は5W1Hが基本。 誰でも知ってるフレームワークなのでバカにされそうだが、案外できている人は少ない。凡事徹底ではないが基本ができているとどの分野でも強い。 普段仕事でSlackをやり取りしていても、具体化されてない文章って自分も含めて結構やり取りされている。 文章が具体化されてないと

          相手にカロリーを使わせない

          この服装で10キロ走れるか?

          普段シューズが乗用車だとしたら、ランニングシューズは各メーカーの最先端技術が搭載されたF1のような位置付け。 ただ車ほど高くないので、手が届く範囲で最先端技術が使える分野がシューズである。車や時計、家などどちらかというとステータスを表現するモノに関しては上限値がキリがない。ここにこだわると自分の時間を捧げなければならないので賢くない。 だから別の分野にこだわりたい。ではどういう分野にこだわるのが良いのだろう? 一つは日常の中で行なっている時間が長いモノだろう。例えば、歩

          この服装で10キロ走れるか?

          体感時間は意識と無意識の比率次第

          脳の棚卸し。しっかりアウトプットしておかないと情報のフローが滞ってインプットまで減ってしまう感覚がある。便利と同じ。 ランニングから派生していることがアイデンティティを構築してくれていると感じる。ランナーとしてどうあるべきか?という前提で物事を考えるようになってきた。食べるものもそうだし就寝時刻もそうだしランニングにどう影響があるかで取捨選択をするようになってきた。 最近は走るだけでは脳も身体も慣れてきてしまって思うような刺激が得られないため量による成長が鈍化してきた。

          体感時間は意識と無意識の比率次第

          ワクワク感の要素を抽出しておく

          藤沢夜市に2日連続で行ってきた。7-9月も2日間ずつ開催されるので、できる限り行きたい。 お祭りは子供の頃からずっとワクワクする。一番古い記憶では保育園時代。夏のお祭りにハッピを着て夕方に保育園に行く。あれほど日中は嫌だった保育園だがお祭りの日だけは例外。 いつもと違う雰囲気。クジを引いて結果に応じたサイズの鈴をもらう。大きな鈴が当たってた友達が羨ましかった。それ以降もお祭りイベントはずっと大好きでこの歳まで来た。 なぜワクワクするのか?を言語化できていない。またお祭り

          ワクワク感の要素を抽出しておく

          スポーツは究極のチーティング動作

          "スポーツは究極のチーティング動作"という言葉を仕入れた。 日頃からランニングに取り組んでいるので、単に走っているだけだと刺激が脳に伝えられない。人間の脳は適応と順化を繰り返し、順化してしまったあとには変化を与えないと上積みができない状態になる。 慣れた正しいトレーニングより慣れてないトレーニングの方が効果が高い。僕の場合は坂道トレーニングよりも体幹、砂浜、階段も含めたマルチトレーニングの方が脳に刺激が行く。練習強度というより脳への刺激の大きさが後者の方が大きいから。単に

          スポーツは究極のチーティング動作