記憶に残る幕の内弁当はない

秋元康さんの言葉だそうだ。

この言葉は示唆に溢れている。僕で言うと、旅の最優先の目的をひとつに絞ると満足度が高まる。つまり時間の使い方に対する意識だ。

有給取って、The Saunaに行く。これさえ達成できれば良いと決めておく。

ただし、せっかく1日あるのだからあれもやりたい、これもやりたいとなってしまう。

あれもこれもと詰め込むと、どうしても「できなかったこと」「一応やったけど、もう少し◯◯しておけばよかった」というように不足部分に意識が向いてしまう。

となると満足の総量が減るので、有給カードの費用対効果が下がる。選択したことの時間価値を高めるために、選択しなかったことは切り捨てる。選択しなかった方なんて存在しないのだから、どれだけ考えてもたらればで終わる推測でしかない。

つまり有給でThe Saunaに行くことを選択したことで得られる価値を最大化する努力をする。一方で、有給を取得せず働いていたことで得られたことは切り捨てるということ。でないと後悔で溢れる人生になる。正解はないので、選択した方を正解にするだけ、だ。

1つだけに絞ると、それが達成できた時点で満足度が高まっている。今日の僕がまさにそれ。

タイトルにある「記憶に残る幕の内弁当はない」に戻る。個人の置かれた状況によってこの言葉が示唆することは変わる。

中には凡庸なものがいくら集まっても、記憶に残らないのでエッジを効かせるようなコンテンツ開発の視点でも解釈はできる。

僕の中の解釈では、あれもこれもと手を出しているとどれも中途半端になるよ、と言う選択と集中の比喩。

1センテンス1メッセージという言葉があるように、伝えたいことが複数あるとどれも伝わらなくなる。時間の使い方も同じで1日という単位で見たら、これ1つだけ達成できたら御の字というように、欲張らない。

得られる価値を最大化する手段として僕はNoteを活用している。Noteの価値は1.価値の発見・強化、2.言語化による見える化、3.記憶への定着がある。

忘却曲線が示唆するように人間の記憶は時間の経過とともに逓減していく。ただ人生とは思い出なので、ポジティブな記憶は残しておきたい。だからNoteを書くことでその確率を高める。

あと、Noteを書くと時間の経過に対する意識が向く頻度が下がるので体感時間が短くなる。ミーティングで自分がメインスピーカーのときと、オブザーバーのときの体感時間が違うのも時間に意識が向けられる頻度の違いがある。

これをやらねばならない旅の移動時間を充てると旅の時間が浪費の時間から投資の時間に意味変できる。

時間の捉え方って意識次第。

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