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【ADHD長女の不登校#1】長女の不登校の原因は家庭なのか。

長女の不登校は彼女が中1の冬くらいから始まりました。うちの場合はきっかけは友達関係と担任ですが、不登校になって1年、まだ彼女の心が元気になっていない原因の多くは、これまでの親子関係と家庭にあると認めざるを得ません。

長女の不登校はまだ現状継続中であり、まだゴールが見えない状態です。なので、「再生しました」と言う話が未だできなくて残念ですが、いつかご報告できる日が来ることを祈りつつ、現状を正直に書いていこうと思います。全然、まとまっていないし、思うことも変わったりもするので、まだまだ発展途上をお許しください。

不登校になった最初の半年は、まだ原因は学校や先生にあると思っていましたが、実は根底には、もう謝っても謝りきれない私の子育てにあったのだと思います。

長男の障害がわかって、受容して、ある程度自分の中で前を向こうとしていた頃、長女はまだ幼く、活発な好奇心旺盛な子でした。長男にはない、子供らしさがありました。

私は、当然(なんの根拠もなく)長女は健常児なんだと思い込み、過度な期待をしました。将来はお兄ちゃんの支えになってほしい、そう思いました。2つ下で生まれた妹もASDとわかり、妹が起こすパニックにも、「この子は仕方ないの。ごめんね。我慢して」と、つい言ってしまっていました。私も当時は余裕がなかったのでしょう。

長女に対しては、大きな期待をし、いつしか「過干渉」になってしまっていました。失敗しないように先回りして、あの子が傷つかないように、転ばないように、手を出しすぎてしまいました。私の「希望」だったのです。

中学受験の時も、最後の追い込みの1月は私は仕事を辞め、学校も休ませ、毎日のように一緒に過去問をしました。「熱心なお母さん」でしたが、それはきっと、娘を息苦しくしたかもしれません。「絶対、失敗できない」と思わせたのかもしれません。

あー、反省。後悔。この1年に起こったこと、今後書いていきますね。

まだまだ思い出すと辛いことがたくさんです。。

全然、まとまってない、何の結論もない文章、最後までお読み頂きありがとうございました。

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