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「この子は何とかなる!」と思う力の偉大さ。【カウンセリングでの気付き】

家族のことが心配でたまらない、、心配しすぎて、先回りして手をやいてしまう、口を出してししまう、それは良くないことだとわかっていても、なかなか止められない私です。私の悩みの98%は自分のことではなく、家族の行末なのです。

思春期の子供達が不登校になり、自分のこれまでの子育てや、自分と子供との境界線について多く気付きを得ました。その中で、どこまで子供達に口出ししていいのか、何もしないで見守ることは放置にはならないのか、とか、深く考えることが多くなり、迷走することも多いです。

特に、娘が不安定で落ちてる時などは、何かできることはないか、何と声をかけたらいいのか、ざわざわしてしまって、自分自身が大きな不安を抱いたりしています。

先日、次女が自傷をしたこともあり、正直、ここしばらく私はとっぷりと落ち込んで、自分の無力さやどうしたらよいのか、とひたすら考えて、具合が悪くなったりしていました。

今日は月に2回受けているカウンセリングの日でした。ここ最近の出来事とともに、私がずっと抱いてるこの気持ちを相談してみました。

見守ることと放置の違いって?

私が気にしていた、「見守ることと放置の違いって・・・?」については、
「放置というのは、子供たちが何をしているかも興味がない、知らない状態。
見守るというのは、子供達が苦しんでいるのはわかっているけど、頑張って口を出さなかったり、手を貸さなかったりする状態、なので、とんとんさんの場合は、どう考えても、放置にはならないですよ。そこは安心してください。」とのことでした。

私は、子供を信じて本人に委ねる、ということが具体的にどのようなことなのかピンときてなくて、悩んでいたんですね。でも、そう言われたら、案外、単純なことだったんだ、と気付きました。

「この子は何とかなるわよ。大丈夫」と思うことから。

子供に対して「自分がいないとダメになっちゃうかもしれない、放って置いたらダメかもしれない」と思うことで、どういうわけだか、子供はそれに引きづられて良い方向に向かわないことが多い、と。それどころか、その子供だけではなく、家族も何となく、そちらの方向へ向かっていくそうです。

それとは逆で、「この子は何とかなるわよ、大丈夫」と思っていることで、無意識に子供も家族全体がその方向へ向かっていく、とのことでした。

あ〜。なんか、納得。すとんと附に落ちました。

長女も次女も、あるタイミングから、私はやたら心配性になりました。長女は中学受験を始めたあたりから。次女は、4年で個別級への転籍への失敗をしたあたりから。。ちょうど思春期とも重なっていて、その頃から心配が尽きず、口うるさくなってしまった気がします。

長男はどうか。男の子だったのが大きいのですが。。。
思春期に差し掛かる頃には、母親である私は、長男の子育てから身を引いた記憶があります。でも、それが功を奏したのか、割と自分でやれることはやるようになり、親に何かをして欲しい時は、お願いにくる、という形になっていった気がします。

なので、正直、障害はたくさんあったものの、根本的な心配はあまりしていませんでした。「ま、なんとかなるでしょ」みたいな。結果的には息子は、自己肯定感のある息子に育ちました。自己肯定感があると、人の意見も割と素直に聞き入れることができると聞いたことがありますが、まさにそうだと思います。素直だと思います。

今日のカウンセリングは自分の気持ちのお掃除だけではなく、気付きの多いカウンセリングとなりました。

前向きに「見守って」いきたいと思います☺️

最後までお読み頂きありがとうございます。



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