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体が壊れていく / 日記

耳の不調は治らず、いろんなものに怯える日々を過ごしている。
着信が怖くて仕方がないからスマホはあまり触れないし、一日に何度もドア穴を覗き込んでしまう。誰かが突然訪ねてきたらどうしよう、と怯えている。少し音楽を聴いただけでも耳が疲れ切ってしまって、耳鳴りが始まる。冷蔵庫のインバータの音に悩み続けている。

それに加えて、薬の副作用で聞こえてくる音程までおかしくなりはじめた。チューナーを持ち出して調べたわけではないが、半音ほど音が落ちているらしい。
聴き慣れたiPadの充電通知音とか、アラーム、蝉の声、救急車の音、ゴミ収集車のメロディ、エレベーターのアナウンス、駅の発着音(※イヤホンをしていれば駅前でもなんとか耐えられる)、イヤホンから流れるsyrup16gのギターの音まで、すべてが低い。
ちゃんと調べれば、「低音側は半音、高音側は半音に加えて・・・」などとわかるのかもしれないが、さすがにそこまで自分の体で遊べるほどメンタルに余裕がない。
今では手慰み程度になってしまったが、これまでの人生をそれなりに支えてくれたギターも、今は弾くことができない。ささやかな僕の相対音感は、朝夜の薬によって乱されてしまっている。
体の一部になったと思っていた知覚能力ですら、僕らは薬ひとつで乱されてしまう。
音感は仕事で使うわけでもないから「セーフ」とする。じゃあ別の部分は薬でいじっていいのか。どこまでいけば「アウト」なのか。どこまでが、「自分」なのか。
そんなことを考えていると頭まで痛くなってくる。
なにか気分を変えようと思って音楽を聴くと、耳が痛くなってくる。

やれやれ。
八方塞がりである。y軸やz軸の概念を持ち込んで、別の方面に逃げ場を探すべきなのかもしれない。

日々、いろんなことが少しずつ手遅れになっていく感覚がある。
自分は自分が思っている以上に、自分を諦めることに慣れている。
いかに自分が愚かで俗物で価値がないかを語る言葉だけが、饒舌多弁に舌先から垂れ流れてくる。
今日も助かった、明日もやり過ごせるかもしれない。明々後日なんて天気予報でもわからない。宵越しの金はアルコールにでも変えればいい。そういう人生だ。
信頼されれば裏切りたくなる。信頼されなければ、安心して失踪する。

「他人を騙すのは、いつだって信頼を求める人間だ。なぜならば、人を騙すには信頼が不可欠だからだ。同様に、他人を安易に『信頼する』と公言する人間もまた、人を騙す人物と同様に下劣である。信頼は、他者を動かすための首輪であり鎖であることを、彼らは熟知している」
などなどの詭弁が、頭蓋骨に空いた穴からドロドロとこぼれ出てくる。
わたしは、人を騙せるほど信頼されず、人を動かすほど相手にされない白痴の無能であると、日々どうにか証明しようとして生きているように思う。
肘から下が腐り落ちて、誰かと手を交わすことがなくなり、折れた足首をもぎとったせいでもう歩くこともできない。でまかせばかりの口先は誰も聴く耳をもたない。
そういう、己にとってふさわしい姿を求め続けているのではないか。そうならねばいけないのではないか。
そういうことをよく考える。

今、僕はいろいろなことに怯えている。

スマートフォンの着信に怯えて、ドアのノックに怯えて、人混みに混ざる誰かの顔に怯えている。背後から突然、僕の正体を知るものに声を掛けられ、衆目の中で「こいつはろくでなしである」と高らかに宣言されるのではないかと怯えている。
診断書に異常なしと書かれることに怯えている。なにかが怖いし、その恐怖の対象を自身で作り続けている。

いつか人類を理不尽に救う福音の鐘が、この世界のどこかで鳴ったとしても、暗い部屋の中でイヤホンをつけて、あらゆる音に怯えている僕には届かないだろう。
そして、誰も彼もが救われてしまい、ひとりぼっちになった夏空の下で、僕はイヤホンを外す。
束の間、僕はいつもの夏より低い蝉の声だけを聞く。
この世界に憎むべきものがひとつしか無くなってしまったことに、少しだけ安堵しながら。

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