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床屋談義、もとい美容室の愚痴 / 日記

親譲りの癖毛で、子どもの頃から損ばかりしている。
小学生に居る時分はバリカンで刈り上げてもらっていたからよかったが、今では切れども切れども一週間もすれば気が滅入ってしまう。
己の髪の伸びるのが早く、量が多く、へそ曲がりな生え方をしていることを悟ったのは、たしか高校生に上がった頃合いだろうか。

「周りの人間のキューティクル輝く真っ直ぐで麗かな頭髪と比べると、自身のそれはあまりにもたくましく力強いのではないか。どうやら、自身の髪の毛は他人のそれとちがって、ずいぶん厄介な性質のものらしい」
15年以上も同じ肉体を使っていたことを思えばあまりにも遅すぎる気づきであるが、おそらく当時は自意識が内に向きすぎて外の世界のことなんて知らなかったのであろう。ともすれば鏡像認知をできていたかすら疑わしい。

しかし、毛根のアウトプットがどれだけ厄介であれども、数ヶ月に一度髪の毛を切っていたわけで、その点は皆と同じである。
皆と同じ労力を費やしているのに、なぜ自分だけ髪の毛が増えるワカメの如く暴れ出して、もさもさとキノコのように膨れ上がっていくのか。
つらつらと疑問を積み上げていき、どうやら他人は己より遥かに見た目に労力を使っているらしいと気がついたときの、15歳の少年のショックはさぞ大きいものだったと推察するが、はたして当時の彼にショックを受けるほどの心の機能が備わっていたかは定かではない。

彼は大好きなインターネットであれこれと情報を調べ、

  • 髪の毛は定期的に切らねばならず

  • どうやら床屋ではなく美容室にいかねばならない

  • クラスメイトの髪の毛には、ワックスなる物質が塗られている

  • ワックスは、教室の床掃除に使われているものではない

  • ヘアカタログを参考にするとよく、カタログの切り抜きを持っていけばいい。

  • 美容室は電話で予約するものらしい。


などの知識を手に入れた。知識は力である。
彼は近所の本屋でヘアカタログを購入し、どういうわけか紫のポイントカラーの入った茶髪の切り抜きを選択。初めての美容室で8000円近い金を払ったそうだ。
翌朝彼が登校した際、自転車置き場で他のクラスの生徒に写真を撮られ、彼が教室に着く頃にはクラスメイト全員に周知されていたそうである。めでたしめでたし。

ではなく、これまでは長い前置きで、とにもかくにもここからである。
インターネットの鉄板ネタであるが、美容室がめんどくさい。いや、この言い方は正確ではない。美容師と会話をするのがめんどくさいのだ。

あれから僕もいろいろな美容室で髪の毛を切ってもらった。
初回限定クーポンに釣られるがままに地元の美容室を渡り歩いたし、大学時代はmixiのコミュニティを使ってカットモデルで切ってもらうこともあった。
これまでに行った美容室をすべて数えるならば、50店舗くらいになるかもしれない。もちろん15年くらいの累計ではあるわけだが、ちょっとした数字だ。
美容室や歯医者はコンビニより多いらしいが、歯科医院ならばここまで取っ替え引っ替えすることはまずあるまい。
クーポンを配ったりポイントカードを使わせようと、各美容室が躍起になるわけである。

しかし、常々思うのだけれど、もしも美容室が真剣に継続率を上げたいのであれば、まずはあのトークをなんとかするべきでは無いだろうか。

すべての悩みは人間関係の悩みである」みたいなことが、著名なアドラーの二次創作本である『嫌われる勇気』に書いてあった。
なるほど、たしかに一理ある。我々が美容室に対して感じている悩みは、美容師との人間関係の悩みであるからだ。
少なくとも、僕の場合はそうである。
なにしろ、美容師とのトークが憂鬱なせいで、ここ5年で15店舗くらい美容室を変えている。
こんなことを書くと、美容師のトークよりも僕の性格に問題があるのではないかと言う人もいるかもしれない。だが、それについてはここでは議論しない。議論とは、何かしらの進展が期待できる課題について行われるべきなのだ。

僕の場合、髪質にハンディキャップを背負っているので、4週間に一度ペースで髪を切っている。
だいたい3週間くらいで髪の毛がむずむずし、4週間を超えると髪を切りたくて何も手がつかなくなる。
手当たり次第に物を投げるようになるし、唐突に泣き出したり、ホールケーキに七味唐辛子をかけて食べたくなってくる……とまではいかないけれど、頭のうえの鳥の巣をどうにかしたくてたまらなくなる。
ちなみに、うちの文鳥は僕の髪に包まれると安心するらしい。なんでやねん。

しかし、こうした散髪衝動に反発するように、美容師のトーク対策が僕の頭の中にチラつきはじめる。
「この1ヶ月でなにかトークテーマになるものはあったっけ。前回はスパイファミリーの話をしたが、あの美容師はアーニャの可愛さについてしか言及しなかった。監督がハンターハンターやるろうに剣心の方だとか、そういう話には全く興味が無いようであった。まあ、先月は『シン・ウルトラマン』を見たから、凶器を振り回す長澤まさみの魅力について話せばよかろう。長澤まさみはバットや薙刀や電動丸ノコがよく似合うからな。しかし、もしも映画を見てなければ……」

などと考え始めると、もうダメである。
億劫で仕方がなくなり、ホットペッパービューティーアプリをタップする気持ちが無くなってしまう。
そうしているうちに月日が経つ。「この瞬間も世界中で髭が伸びていると思うと、毎晩ぐっすり眠れる」とかつてジレットの社長が言ったそうだが、あれこれ悩んでいる間も髪の毛は伸びる。
髪の毛が伸びると、さらに憂鬱になる。ああ、ホールケーキを買ってきたい……

ええ、今回はこの不毛なループを断ち切るために、結局酒の力を借りて予約しました。
これからの季節のために縮毛矯正もかけた。
美容師は、複数の客を掛け持ちしてカットしていたので、あまりトークをしなくて済んだが、先月に引き続き「スパイファミリーのアーニャ可愛い」と言っていた。僕も僕だが、美容師も美容師である。

ここまでぐちぐち言っていてなぜ今の美容室に通っているかというと、とにかく値段が安いから。
今回も縮毛矯正とカットで5000円だった。普段のカットも2000円くらい。僕が住んでいる地域は美容室が密集しているが、ここまで安いともうなんかちょっと怖いくらいである。どうやら、個人事業主の美容師のシェアオフィスみたいな店らしいので、そうした事情も関係しているかもしれない。
僕としてはスパイファミリーの話よりもそういうビジネス事情のほうがまだ楽しく話せる。いかにも床屋談義的な話題ではないか。

まあ、いろいろとぐちぐち書いてきたのだけれど、世の中の美容室はもうちょっと「床屋談義」を盛り上げる工夫をしても良いのではないか?
僕が提唱しているソリューションは、
鏡の横に、今月のトークテーマを3つくらい書いておく
です。
どうせ月に1度しか来ないわけだし、3つもテーマがあれば1時間は持つだろう。
僕と同じようなインターネットの住民も、きっと賛同するに違いない。
インターネットは美容師のトークに対する呪詛が渦巻いている。そのうち呪術廻戦に美容師の呪霊が出てくるであろう。たぶん、髪の毛を食べることで相手の術式を把握するんだろうな。

もっとも、美容師のトークへの苦情がインターネットに溢れているということは、裏を返せば美容師はトークを改善する必要は無いとも言える。
インターネットでぐちぐちと文句ばかり言ってる人々なんて、さっさとよその店に行った方が美容師側としても助かるだろう。

毎度ながら、日記に日記の要素がないが、とにかく美容室の話であった。

そういえば祖母が美容師だったことを思い出したので、以下はその話を書いている。
祖母の店の話。および僕の癖毛は母親譲りであるが、親族から肉体や性格を受け継ぐことについて。幼少期の僕と親族との関係性に言及しており恥ずかしいので、有料設定にしている。

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