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起きたら妻子がいなかった

会社員時代、おれはいつも早起きだった。

海外との電話会議がたいてい毎朝入っており、寝ている妻子を起こさないように家を出るのが習慣だった。そのせいで早起きの癖がついた。土日も無意味に早く目覚め、時間を持て余すのが常なのだ。

今日、起きたのは昼の12時だ。昼まで寝ているなんて何年ぶりだろう。辞める段取りで疲労がたまっていたのかもしれないが、辞めなくてもいつも疲れていた。気が抜けたってやつかもしれない。家には誰もいなかった。リビングのテレビはついたままで、ディズニージュニアが流れていた。

妻に電話をかけたが応答はない。乳母車とバッグが消えている。そして旅行用のトランクがなくなっていた。

そういうことなんだろう。おれはそう思った。

会社を辞める話をした時、妻は理解を示した。「やりたいようにやればいいのよ」と妻は言った。おれは半ば期待していた答えを最初に得られてありがたかった。だが、それは2ヶ月前の話だ。実際に無職の男が目の前にいたわけではない。

スマホのリマインダーが「花屋」と告げている。妻に渡す母の日の花を頼んであったのだ。他にやることもないので花屋に向かった。昨日から何も食べていなかったが、一向に腹が減らない。途中で中華料理屋に寄り、肉の卵炒めを一口食べて後は残した。食欲がないのに中華を選ぶ。ある種の混乱だ。

花屋で鉢を受け取り、カードを書いた。「ありがとう」それしか書けなかった。この鉢は自分で水をやり続けることになるんだろうか。それならまだあまり咲いてないのを選べば良かった。

花屋を出ると雨が降ってきた。近所だから傘も持っていない。あっという間に土砂降りになり、鉢も自分も水浸しになった。ドラマの演出ならベタすぎて抗議がくるだろう。

家に戻ると妻子がいた。「電話くれてたね。充電したまま持ってくの忘れてた。」と妻は言った。トランクはどうしたの?とおれは聞いた。「あんたが寝てるから部屋の模様替えしたの。トランクは邪魔だったからロッカールームに持っていったよ。」

雨に降られる前でよかったね、とおれは言った。そして濡れた鉢をふいて花を渡した。「カードはもっとちゃんと書いてよね。でもありがとう。」と妻は言った。

次からそうするよ、とおれは答えた。せがれはブーブーに乗っておれに体当たりを繰り返していた。

#日記 #エッセイ #コラム #母の日 #無職

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