弥勒菩薩は動かない話
20代半ば頃、地元に帰省する機会があり久しぶりに友人と連絡を取った。
たまたま私の誕生日が近かったこともあり、飲みに連れて行ってくれると言う。
私含めて5人で飲みへ、飲みといっても夜は眠る街、田舎のキャバクラへだ。
地元のキャバクラ未体験だったために少し楽しみではあったが、時間はまだ19時を少し回った頃。
早くはないか?と思ったが、それがいいと言う友人。
慣れた感じでボーイと交渉する友人。
こちら5人に対して5人のキャバ嬢がついてくれた。
「主役はこいつだから」と友人が誘導してくれ隣に座った、いや鎮座したのは私の1.5倍はあろうかという巨漢もとい巨淑女。
友人4人にはスリムで綺麗な女性達がついているが、主役であるはずの私には花が咲くほどの可憐な瞳をした菩薩のような女性、そう蓮という花が咲くほどの。
何が凄いってこの菩薩、全然話さない。
そして動かない。
岸辺露伴もびっくり、全然動かない。
微笑んでいるだけ。
若い女性と楽しくおしゃべりをする場所がキャバクラだと思っていたが、ここはそうではないらしい。
微笑みの菩薩が空いてもいないグラスにひたすら酒を注ぐお店のようだ。
わんこそばのように。
話さない、微笑むだけ、注ぐだけの動作ならからくり人形を雇ったほうがいいのではないか。
私は仏教徒ではないし、ましてやキリスト教徒でもない。無宗教だ。
この状況、強いて言うならば夜の密教徒。
禅の精神で菩薩へ話しかける、いや語りかける。
なぜ客である私が気を遣って話題を提供しなくてはならないのか。
なぜ8割満たされているグラスに酒を注がれるのか。
あわよくばキャバ嬢とウフフムフフで楽しもうとやってきた煩悩の塊が、なぜ禅の修行をさせられているのか。
謎が謎を呼ぶミステリー。
ただ合コンという幾多の戦場では、爆弾処理班として腕を磨いてきた私。
露出度の高い淡いピンクのドレスのような袈裟のようなドレスを纏った菩薩を相手にするミッションの難易度は中の下。問題ない。
言葉のキャッチボール。
3回に1回は返ってこないが問題ない。
残りの2回は芸能人の始球式の球みたいな、へろっへろ返球だが問題ない。
いや、問題はあった。
友人たちからは楽しそうに見られてしまった。
「お前、ああいうのが好みなのか」と勘違いをしてしまった。バカなのか。
刷り込みとは恐ろしいもので、その1回の過ちで私は友人たちからB専だと思われてしまったのだ。
そう、菩薩専門だと。
それからというもの、4年に1回開かれる夜の密教徒達による聖地巡礼。
あてがわれるクリーチャー。
なぜ田舎のキャバクラはどこのお店もクリーチャーを飼っているのか、不可解である上に憤りを感じる。
そのワールドカップの翌年周期でやってくる聖地巡礼の旅、今年も今月行われる。
そのためだけに帰省するクリーチャーハンターの私。
今年はどんなモンスターハンターをプレイするのか。
乞うご期待はしないでほしい。
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