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SOUL LOVEの季節に思う

いつか結婚するなら、そのお相手はGLAYのファンだったらいいなぁなんて。理由は簡単、私がGLAYファンだからである。

最近はNetflix率が高かったから、久しぶりにアマプラを見ていると、なんとGLAYのライブ映像があるではないか!これは!見ないと!!

という訳で、私も行った『20th Anniversary Final GLAY in TOKYO DOME 』を興奮しながら視聴する土曜の昼下がり。これは2015年のライブである。映像と音楽と共に蘇る5年前の自分・・・の話は置いておこう。


好きの理由を語り出すとキリがないが、魅力の一つに解散しないことを公言していることはあると思う。もちろん未来のことなんてわからないけれど、それでも彼らの未来予想図に解散という文字がないというのはファンとしてとてもうれしく安心感がある。


ぴょんぴょんくるくる飛び跳ねるJIROも、不敵な笑みのHISASHIも優しいお父さんみたいなTAKUROも歌詞ド忘れしちゃうTERUも、みんな好き。
とは言っても新曲発売日を把握していたり地方のLIVEにいったりするほど大大大ファンという訳ではない。今回発見した動画も調べてみると4月末には公開されていたようだ。「好き」は誰かと比べるものではないのだろうが、そんなことにも気付いていない私がファンというには少し足りていないのかもしれない。ファンの定義なんて知らないけれど。

元来飽き性の私はその時点での好きなモノはころころと移り変わり、例えば最近で言うと「back number」「米津玄師」や「Official髭男dism」も好きである。今はGLAYの気分じゃないな~なんて時もある。

それでも、やっぱり気づいたら帰ってきてしまうのがGLAYなのだ。ただいまと言えるバンド。ライブの終盤、また会いに来るからとの意味を込めてTERUは「行ってきまーす!」と叫んでくれる。ライブ中はなんども「愛しているぜ!!」と叫んでくれる。もちろんその時会場にいる数万人のファンに向けているわけで、私個人に叫んでるのではない。それでも、やっぱり幸せな気持ちになる。あーやっぱ好きだなって。そろそろライブにいってTERUの愛してるチャージしなきゃ、みたいになる。

そんな感じのファン。

自分の好きと相手の好きが100パーセント一致することなんてないのだろう。すれ違うことも許せないことも、受け入れられない癖や趣味も、きっとそんなのがたくさんある。だからこそ思うのが、せめてGLAYのことを好きだったらいいななんて。この感情を共有できるのはどれだけ幸せなんだろう。

そして願わくは、いつか子供も一緒に家族でライブに行きたい。私自身が小学生の時に、親に連れられて行ったGLAYのライブ。その時の興奮も感動もまだ覚えている。

あらゆる世界において、成功した人は『僕たちは何者でもなかった。ただひたすら続けた、諦めなかった、運が良かった』なんて言っていたりする。はたから見ているといやいや最初っから素質あったやないかーいなんて安易に思ってしまうけど、そのすべてが努力の賜物なんだろうな。

トップの写真は2015年5月31日、東京ドームの外で撮った記念写真。

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本当は2020年5月東京ドームにて行われる予定だったライブにも行く予定だったんだけど憎きコロナ。

がんばろう!日本


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