温泉で「この子さみしそう」と肩をたたかれた話
外国人のマダムだった。
温泉で、いきなり喋りかけられたのだ。
娘のことを「コノコ、サミシソウ。」と言った。
わたしには、二人娘がいる。
長女が4,5歳くらい、次女が2,3歳くらいの時だと思う。
あの頃、温泉が好きで、よく子どもと行っていた。
ワンオペで、温泉に行っても世話に忙しく、お湯で疲れがとれていたのかは、あやしい。
それでも、たっぷりとした熱い湯舟に肩までつかって、ふぅと一呼吸するのが、最高だった。
だって、普段のお風呂は足を曲げて、おもちゃが浮かぶ湯舟に子どもとギュウギュウだったから。
温泉は、少し、街から離れたところにあり、上り坂が続く道だった。
夜は、道が暗く運転しづらく、子どももお腹がすく。
だから、まだ日があるうちに利用することが多かった。
どうしても、次女のほうに手が掛かりがちで、長女がぽつんとならないように、あれこれ考えながら過ごす毎日。
長女は面倒見がよく、次女のことをよく可愛がる。
ママの取り合いもゼロではなかったが、頻繁でもなかった。
長女が、身を引いていた。
そんな雰囲気を察する長女に、わたしはよくお礼も言ったし、自分では別のタイミングでフォローもしていたつもりだった。
浴場内から、その外国人のマダムからの視線はあった。
人が少ない夕方のお風呂で、わたしたちは目立っていたし、声も大きく響いていたと思う。
目が合っても愛想笑いはせず、真顔でこちらを見ている。
何か不快にさせたのかと、自分たちの行動を反芻しながら湯船につかっていた。
脱衣所で体を拭いていると、前触れもなく、マダムは来て、長女の頭をポンポンとした。
タオルで全身を巻かれている長女。
「コノコ、サミシソウ。」
お湯でふやけた、白い手、指に金色の指輪が食い込んでいた。
「タノシンデ。」
わたしの肩をポンポンとしながら、また一声かけられた。
マダムは、それだけ言って、自分の体を拭きながらロッカーへ行ってしまった。
”長女が寂しそうに見えるから、もっと育児を楽しんで”と言うことだ思った。
予想もしていなかった言葉の意味を考え、子どもの体を拭いた。
少し、ショックだったのかもしれない。そんなふうに、自分の心を見透かされて。
でも、その人に怒りは湧かなかった。
むしろ、わたしの日々思案していることを見抜く眼力を、尊敬した。
二言目が”もっと愛情をかけて”や”かわいそう”などであれば、違う感情と一緒に思い出になっていただろう。
その時、精一杯に育児をしていたわたしは、長女がサミシソウに見えるなら改善策が知りたかった。
いっそ、問いかけられたら良かったと、今なら思う。
「どうして、そう感じたんですか」「どこが寂しそうに見えますか」と。
バスタオルを巻いた変なかっこうのままでも。
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