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車椅子と段差

やっと慣れてきた、見えてきた

次男(6歳)がペルテス病になって早くも半年が経とうとしています。
装具を装着したままのお出かけや、車椅子を使った日常にやっと慣れてきた今日この頃。
家族みんな初めての経験なので、一生懸命で見えていなかったことが見えるようになってきた今日この頃。
日常生活で最も身近な存在の、「歩道」。
歩道の危ないところなどが見えてきたというお話しです。

小さな段差、大きな危険

どこに行くにも必ず使用する歩道。
装具の有無や車椅子の使用不使用に関係なく、誰もが使用する歩道。
道路から歩道に変わるところに存在する小さな小さな「段差」。
お年寄りがこの段差につまづいて転倒をしたという話しはよく耳にすると思います。
ほら、41歳の僕(趣味はマラソン)ですら前をよく見ずに急い急いと歩いている時につまづく「段差」。
段差に気づかずに車椅子を押すと・・・
車椅子の小さな前輪が「段差」に引っかかり・・・
乗っている我が子が前に放り出されます。
それも本当に小さな「段差」です。
段差というか、歩道の傾斜と道路の間の高低差(写真の黄色枠)でも、引っかかります。

こんな小さな高低差が苦手です

こんな高低差ですら苦手なので、そこら辺にある「段差」が苦手です。
この「段差」(高低差)がある場所が、横断歩道です。
つまり、車椅子は横断歩道が苦手です。
両手に荷物ぶら下げて車椅子を押す時の横断歩道は、結構緊張します。
時々こういう段差でもたついてしまうと、クラクションを鳴らされることもあります。別にクラクション鳴らす人をどうのこうのとは思いません。人は皆それぞれ事情があって生きているのですから。もしかしたら手がハンドルに当たってクラクションが鳴ったのかもしれませんし、トイレに行きたくてたまらないのかもしれません。
何事も、当事者になってみないと分かりません。

ユニバーサルデザインとは

僕も車椅子を押すという当事者になって分かったのです。
これまで何の不便さも感じていなかった身の回りのものが、時々不便に感じる。
もう少しこうなったら良いのになって。
そこで興味が出てきたのが、「ユニバーサルデザイン」です。
今、そこ、ここにあるもの全て誰かによって「デザイン」されたものばかりだと思います。様々な理論や実証実験があり、そうなったのでしょう。
きっと道路と歩道の間にある「段差」も何か目的があってデザインされたのでしょう。
僕の頭の中で考えても何も解決しないので、市民図書館から「ユニバーサルデザイン」に関する本を借りてきました。何かいいヒントが隠れているはずだと。
今すぐに「段差」(高低差)がなくなればいいなとは思いません。
そう遠くない将来に、皆がより生活しやすい環境に変わっていけばいいのかなと思っています。それを解決していく1つの手段として「ユニバーサルデザイン」があるのかと。
ペルテス病になった次男(6歳)、僕たち家族。当事者になったからこそ気づけること、考えること、それを誰かに伝えること。
もし次男が成長の過程で「ユニバーサルデザイン」に興味を持って、それをデザインするような人になってくれたら嬉しいなって、密かに思っています。
マイノリティ目線で物事を考える人になって欲しい・・・あくまで僕(父ちゃん)の密かな思いです。
まずは心の「ユニバーサルデザイン」から始めましょ。
そんな次男は週末も元気に装具をつけたままサッカーと野球三昧でした(笑)。

装具をしたまま野球もサッカーも楽勝です(笑)

次回は、図書館で借りてきた「ユニバーサルデザイン」について書こうと思います。

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