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恋の後のその先

(どうも冴えないな…今日は切り上げるか。)

フリーランサーである俺の仕事場は、主にコワーキングスペース。
前日頑張りすぎのせいか、この日はどうも集中力に欠いた。
早々に切り上げ、気分転換にぶらりと街に出かけてみる。ここは都内の某ターミナル駅最寄りの地。駅近くの雑貨デパートにぶらりと出かけてみた。
新しもの好きな俺は、スマートフォン関連商品を目的もなく眺めていた。

最新のワイヤレスイヤフォンを手に取り、いつもの衝動買い。そのまま真っ直ぐレジに向かう。

ふと通路の真ん中で、前を歩くひとりの女性が猫のしっぽのようなキーホルダーを落とす。それを拾い、俺は声をかけた。

「すいません、これ落としましたよ。」
「あっ、ありがとうございます!」

言いながら、彼女が振り返る。
その瞬間、俺は頭のテッペンから足の爪先まで衝撃が走った・・・。


時は遡り10年前。
ギターとともに過ごした学生生活も終わり、俺はプロの道を諦め普通の会社に就職した。
入社してすぐ、本社移転の手伝いに駆り出され、休日返上で俺は本社に向かった。
(あーめんどくせー。やっぱ学生の方が気楽でいいや。)
新しい社屋で総務部門の部屋の什器運びを手伝う。

「おーい、新人。それが終わったらこっちの段ボール運ぶの手伝ってくれよ。」
「あ、はい。」(・・・マジめんどくせぇ。)
仕方なく俺は、先輩が呼ぶ方にダラダラと歩き出した。

「あ、すいません!これ運んでもらってもいいですか?」
本社総務で働いている久保さんという女性だった。
「あ、はい・・・・・。」
彼女はめちゃめちゃ綺麗というわけでもないが、その愛くるしい笑顔に、俺はなんだか一瞬ドキっとした。

総務の部屋の片づけがひと段落し、俺は部屋の片隅でタバコに火をつけた。
禁煙なのかどうかは知らない。

「さっきはすいませんでした!どっちがいいですか?」
言いながら、お茶とコーヒーを俺に差し出してくる手が見えた。
顔をあげると、そこにいるのはさっき会った久保さんだった。

「あー・・・じゃあコーヒーもらいます。」
彼女は、一層の笑顔で俺に微笑みかけた。なぜだか俺は、彼女の顔を見ることができず、ふと視線をそらした。
(な、なんなんだ?なんで俺はドキドキしてる?)
彼女は俺の横に座り、しばらく他愛もない話しをしていた。何を話したかは覚えていない。

俺が配属先の支社に移っても、久保さん・・・彼女とは、度々仕事上の連絡をとっていた。特に大切な用事があったわけじゃないけど、彼女の方からそれとなく電話があることが多かった。じきにお互いの連絡先を交わした。それ以来、たまにではあるがプライベートでも繋がりが出来た俺達。
毎月の定例会議で本社に顔を出す俺。久保さんとは立ち話程度だが、直接会話が出来る定例会議の日を、俺はいつしか心待にするようになった。

気がつくと、彼女はいつも俺のそばにいた。いや、正確にはいつもそばにいた彼女に気付いたのは、随分と時が過ぎてからだった。飲み会で一緒になっても、気がつくと彼女は俺のそばにいる。照れくさくて、殆ど自分の方から話しかけることが出来なかった俺。彼女の会話に相づちを打つのが精一杯だった。そう、俺は彼女の事が好きで好きで堪らなくなってたんだ。
いつしか、心を完全に奪われた俺がいた。そんなに好きなら告白すればいいのに、俺は出来なかった。今の良好な関係を壊したくない…と自分に言い聞かせながら、本当はただただ怖かっただけなのかも知れない。彼女は社内でもトップクラスの人気者。俺なんかに振り向いてくれるはずがない…そんな風に勝手に考えていた。

自分の気持ちとは反比例して、俺はいつしか勝手に彼女を諦めようと努力し始めた。
そんな中、支社にいた2つ上の女子社員だった長野さんに、ある日相談に乗って欲しいと誘われた。良くある彼氏とうまくいかないって話しだった。その日は軽く飲んで別れたが、数日後、長野さんは手首を切って自殺未遂をする。話を聞き、仕事が終わるや否や病院に駆けつける俺。泣きじゃくる彼女を見ているうちに、この子は俺が守ってやらなきゃダメだ…そんな思いに駈られた。彼女が退院したあとは、心の傷が癒えるまで…と思いながらも、いつしか二人の関係は緩やかに接近していった。


翌年、長野さんとの間に子供ができ、俺は彼女と結婚。久保さんへの思いは一切色褪せてない状態なのに。初めてあんなに人を好きになって、俺は双璧の狭間で苦しみ喘いでいた。苦しんだ結果、俺は自分を見失っていたのかも知れない。

数ヵ月ぶりに俺は所用で本社に行った。廊下の向こうから駆けて来たのは久保さんと一番仲が良かった島崎という女子社員だった。実は、俺が久保さんに思いを寄せてることを彼女は知っていた。俺の素振りですぐに気づいたらしい。問い詰められて、過去に島崎に白状した。その上で、島崎は俺に久保さんへ告白するよう何度となく急かしてきていた。俺と久保さんのことについて、最大の理解者だった島崎。そんな彼女が、凄い形相で俺を見上げてる。
「ねぇあんたさ、何やってるの?」
「えっ!?いきなり何だよ…」
「結婚したんだってね…。久保さんのことはどうするの?」
「どうするって…どうするもこうするも何も始まってないし、久保さんは俺のことなんかどうも思って…」
「あんたほんっとに気付いて無かったの?呆れた…鈍感にもほどがある!久保はね、ずっとずっとあなたの事が好きだったのよ!分からない?ホント分からなかった?あんな大人しいあの子があんなに積極的になってたのに…。」
「…え?」
「あんたのこと好きだったけど、自分から言い出せずにあんたから言ってくれるのずっと待ってた。お互い好きなのに、もどかしくて見てらんなかった。だからあんたに早く告白しなって言ってたのに…。あの子もあなたが自分のこと好きでいてくれてるってこと知ってた。だから凄く落ち込んでる…見てらんない!あんたホント最低!結婚でもなんでも勝手にしなよ!」
そういい残し、島崎は小走りにオフィスへ戻った。俺はハンマーで殴られたような衝撃を覚え、全身の血の気が引きつつその場に立ち尽くした。
「何やってんだ…俺」
結婚した妻の顔、生まれてくる子供のこと、涙ながらに俺を罵った島崎、そして初めて会ったときから変わらない久保さんの笑顔…。

二ヶ月後、久保さんが会社を辞めることを知った。連絡してきたのはもちろん島崎。送別会に誘われたけど、俺はあえて出席しなかった。
最終出社日を迎えた久保さんから、俺宛に電話があった。久しぶりに聞く久保さんの優しい声。
「最後会えなかったけど、今までありがとね!結婚したんでしょ?長野さんのこと幸せにしてあげてね。」
「あ、うん…。久保さんも元気でね。」
短い会話で受話器を置いた。やるせない思いでいっぱいになり、俺は心の中で泣いた。ずっとずっと、俺はなき続けた。
久保さんとは、それ以来連絡もせず会ってもいなかった。


そんな久保さんとの衝撃の再開…俺は目の前に電撃が走ったほどの驚きを覚えた。彼女もまた、呆然と俺を見ていたけど、驚きつつもすぐに満面の笑顔に戻った。そう、俺が恋い焦がれた笑顔。
「久しぶりじゃない!こんな偶然ってあるんだね!」
島崎なら運命の再開とかくだらないこと言っただろうけど、久保さんはそんなキャラじゃなかった。
「びっくりしたぁ…。でも、佐伯くんも元気そうで良かった!」
「久保さんも元気そう。それに、なんだかぜんぜん変わってないね。住んでたの、この辺じゃなかったよね?」
「うん。うちお母さんと弟の三人暮らしだったでしょ?でも今は弟こっちに独り暮ししてるから遊びに来たの。まさか佐伯くんに会えるとは思わなかったからびっくり!」
俺は黙って微笑み返した。
「俺、もう帰るけど…」
言いかけて、俺はやめた。
(飯でも食べ行く?)
本当はそう言いたかったけど、俺は自ら言葉を遮った。
「…帰るけど、頑張ってね!」
「うん!また会えるといいね。」
俺は、後ろ髪を引かれる思いで店を後にした。

(彼女はまだ俺のこと好きでいてくれてるのかな…そんなわけないか。でも俺は…)

「ただいま!」
元気に家に帰った俺を、まだ小さな子供と妻が、暖かい笑顔で迎えてくれた。俺は最高の笑顔で微笑み返して見せた。

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